第五楽章
とりあえず、ナツコの旦那である浦沢真治が今回の事件の殺人犯である。
そう考えて見なければ浦沢真治の警察が来た後の豹変振りに説明が付かないからだ。と言うか、ナツコの話を聞いた今の俺ではそうとしか思えないのだ。
俺はナツコの家からの帰り道中、その旨をアキオに告げた。するとアキオはしばらく考えた末、俺に死者三名の殺人方法の謎を解いて欲しいと言った。
俺とアキオはそれぞれの観点から事件の調査をする事になった。
いざ調査するとなると何から始めれば良いのか全然判らない。世の中見渡してもこんな情けない探偵はいないだろう。
俺はまず、最初の遺体が発見された音楽スタジオに向かった。
遺体が発見された現場であるスタジオの一室は特に規制もなく普通に開放されていた。
俺は若手ロックミュージシャンを気取った感じでスタジオの店主に見学を申し入れてスタジオ内の事件が起きたその一室に足を踏み入れた。
その部屋はコントロールルームと呼ばれるブースとそのブースからガラス越しに見えるメインの楽器等が並んで据え付けられているスペースの2分割で構成されていた。メインスペースへの入り口は一箇所しか無く、扉は内鍵方式になっていた。
内側から鍵を掛けられていたらコントロールルームからの侵入は不可能である。
完全密室。まるで探偵モノの小説みたいだ。
「殺しは無理だな」
思わず俺は本音を呟いてしまった。
すると後方から声がした。
「そいつはどうかな?」
聞き覚えのある声。聞きなれたその口調。
振りかえるとそこに若手ロックミュージシャン気取りで季節外れの革ジャンを着たスキンヘッドの怪しげな男が立っていた。
男はニヤリと笑った。何故か勝ち誇っている。
その男、神野俊平は俺の幼馴染みである。
何故ここにいるのかは皆目見当もつかない。
そんな俺の戸惑った表情を気にもとめず俊平は喋り始めた。どうやら俊平の方は俺がここにいる理由を判っているようである。たぶんアキオが俊平に知らせたのであろう。
「確かにこのガラス向こうのメインブースは扉の鍵を閉めてしまえば密室さ。」
俊平はどうも探偵にでもなりきっているようだ。話の腰を折るのも気が引けたので俺は黙って聞く事にした。
「密室ではあるが…」
少し間を置いた。たぶん格好付けているつもりなのだ。
「密室ではあるが繋がりはある。」
「何処に?」俺は思わず問いかけてしまった。
俊平は人差し指を立てて天を指した。
「まさか天井の給排気口が繋がっているとでも言うのかぁ?残念ながらここのスタジオは音漏れを防ぐ為にそれぞれのブースが単独空調だからダクトは繋がっていないんだぜ!」
ワイドショー情報で知っていた俺は俊平に一泡吹かせるつもりで語ってやった。
ところが俊平の言う繋がりというのはまた別のものであった。
俊平の差し出した人差し指は天からゆっくりと水平方向を向いた。指はメインブースとコントロールルームを仕切っている大きなガラス窓を差した。
「視覚的繋がりさ。」
「視覚?見た目で驚かせて心不全を引き起こさせたとでも言うのか?」
「そういう方法もある。だけど今回は違うんだろうな。」
「違うなら、何だよ?」
「ここは音楽スタジオだぜ。」と言い俊平は卓上にあるヘッドフォンを手に取った。
聴覚。
音。
音で人を殺す。
音で人を殺す?
音で人を…。
俺は知っている。音で人を殺す事が出来る存在を。
まさか?
でも、
否!
そんな事は絶対に無い筈だ。俺はそう信じている。
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