第92話 最初の魔法対決

 私の目前に光り輝くアルファベットらしき文字と見たこともない文字の組み合わせで出来た複合の図形が垂直に現れた。それは私の身長を超えて、頂点は見上げるほどだった。


 西洋魔法をセンター資料室で調べていた時、ルーン文字という古代文字を見たことがあり、それを思わせた。ルーン文字とラテン語の組み合わせのようだった。


 二つの同心円でできており、その間に45度にお互い傾いた2つの内接正方形が入っていた。いわゆる六芒星だ。


ローターテ回転せよ


 マヤは杖を回転させながら叫んだ。既に私の体は硬直し、動かすことができなくなっていた。黒魔術の毒性作用が効果を放ってきたのだ。図形は少し宙に浮き、一回転すると巨大で複雑な球となりその中にマヤは笑いながら立っていた。


テンプス・スパティウム・ディストルティオ時間と空間を曲げよ


 マヤは得意げな表情で、杖を大きく回転させながら叫んだ。その瞬間、私の周囲は大きく歪んで、周辺の山山が目の前に迫ってきた。


 既に眼前にマヤの姿はなく、神社の朽ちた鳥居が透明な物質のように私の体を通り過ぎ、私はその下にある石段の参道を転げ落ちてゆく。


 私は太刀で自分を傷つけないよう頭上にそれを翳しながら決して手放さないようにキツく握り続けた。姿は見えないのに勝ち誇り狂ったようなマヤの愉快そうな笑い声が大きく響く。


 参道の曲がったところで体は再び宙に浮き、角度を変えて崖から落ち、手足のバランスを失い、大きく四肢を揺らしながら斜め横の崖壁面にぶつかって行った。もうダメだ。


「常にその心を正せ」


 宮城恵尚の言葉がふと私の耳に響いた。崖にぶつかる寸前に思わず目を閉じた。再度目を一瞬開けると、崖の前に背の高い白人男性が貼り付いていた。生命の危機にある一瞬に起こる現象を感じた。白人男性の様子がスローモーションのように目に刻まれたのだ。


 細身のダークグレーのスリムフィットスーツ、そのスーツの ジャケットは長めで、まるでマントのように風にたなびいている。スーツの襟 元には、シルクの深紅色のスカーフ。風のなすがままに頬を覆う。


 手には、長くて頑丈な魔法の杖。柄には不思議な紋章やルーン文字が刻まれている。腰にもルーン文字が刻まれたナイフが装着されており、その皮袋が鈍い光を伴って魔法使いとしての彼の威厳を一層高めている。


「ウオルター・ステグマイヤー博士!」


私は思わず叫んでいた。博士は目を大きく見開き、憎悪に満ちた表情で右手の杖を水平に差し出した。


「ウオルター、どうしてここへ?」


 マヤの姿が博士の前に現れて、一瞬狼狽しながら英語で言った。


 ”You,Go to hell!”


博士は吐き捨てるようにマヤに言うと再び右腕を真っ直ぐに伸ばして叫んだ。


「純粋な心の力、友情の絆、そして正義の意志、


コングレガミニ私の元に集まりたまえ


その瞬間、魔法陣が再び宙に現れ、私をその中へ入れると博士の元へ連れて行った。マヤも引きずられるようにその中でバランスを崩し、手脚をばたつかせた。博士は私の体を横から抱くと、言った。


「さあ、その太刀をマヤに向けるのです、それは十分魔力を持っている」



右手で太刀を握り、その元で左手で安定させ、その切先をマヤに向けると、博士は杖を振り上げ振り回しながら絶叫した。



ディスルンポ・キ ルク魔法陣よ、破れよ


魔法陣はまるで映画のエンドロール後のように突然消え、私達は元の神社の境内に倒れていた。最初に博士がそして私がよろよろと立ち上がった。


「さあ、その剣でマヤを斬るのです」


私は一瞬躊躇って、立ち止まった。


「何をしてるんですか、今です」


彼の怒号と共にマヤは立ち上がり、そして何かボールのようなものを地面にぶつけた。白煙が立ち上り、私達は一面の霧の中にいた。目や喉が激しく痛み、それは催涙弾だとすぐ分かった。


 博士も、私、安永は激しく咳き込みながら車内に逃れ、直ぐに鍵をかけた。ネコ達は既に車内に避難していた。私達は洗面台で目を洗い、無言でソファで横たわっていた。咳が止むと全てが静寂に覆われて、自分たちの激しい呼吸音だけが聞こえた。


白煙が消えた時、安永がまず外に出て風船に吊るされて何かが降りてくるのを指差した。それに手が届いた時、安永が叫んだ。


「私の護身銃です、しかも」


彼はその後、風船についた紙片を見せた。


「安永クン、立川クンによろしくね。♡♡マヤより」


「これだから、マヤさんってほんとはカワイイんだよな、憎めないっすよね、ほんとはね」


安永は似合わない優しい声で言った。


私はマヤの現状を憂いていた。


つづく













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