第91話 マヤの魔法陣

 自動運転飛行タクシーは大きなキャンピングカー並みのスペースがあり、私と安永、ネコ二匹が十分自由に動き回れる快適な居住空間だった。


 中には小さいながらもソファとベッドが並べられ、小さいキッチンスペースさえあった。空調やPC、冷蔵庫、GPS装置、後方に仕切られたトイレキットも完備されていて言うことがない。


 車体は防弾ガラスが嵌め込まれ、上部に取り付けられたドーム状のフレームも防弾ガラスで覆われていた。フレームの骨組みは六角形で、それぞれの角にブレードと呼ばれる小さな回転翼が取り付けられている。


 車体下部からは目的地の形状に合わせて車輪や屈伸のきく脚が出て、どんな形状の土地にでも容易に着陸できるとのことであった。全ては生成AIによる判断で離陸から着陸までやってくれる。私がいたあの世より進んでいることがいつも驚きだ。


 私は鎧を脱いで寛ぎたかったが、目的地まで半時間余りということもあり、鎧を着たまま緊張気味にソファに安永隊員と座っていた。



 流石に兜は白木の箱に納めてある。側に置いていたネコ籠から寝覚めた二匹が這い出して床にちんまり座っている。七百猫が大きな欠伸をすると、それを見ていたシュレネコが笑って言った。


「七百さん、落ち着いたもんだよな」

「ワシか、これぐらい何の、武田信玄公と川中島でお供した時は生きた心地がせんかったからのう」


「流石じゃ」


シュレネコが七百猫のモノマネで返すと七百猫が笑った。


「これこれ、年寄りのワシをいじるでない」


「仲良しになってよかったよな」


 わたしはそう独り言を言いながら二匹の脚にGPSを取り付けた。


「これはGPSじゃろう、ワシらの位置を常に知らねばなりませんからのう」

「お、七百さんよお、デジタルに強くなって来たじゃねえか」

「そなたも最近は故事成語をよくご存知じゃ、文質彬々ぶんしつびんびんなどということを最近はワシに問われるようになったからのう」


「見た目と教養が一致してるって七百さんのことだしよ」

「イヤイヤ、ワシはまだまじゃ。お互い生命のある限り学ばなくてはのう」


「ホントだよな、君たちもいい関係になって嬉しいよ、安永君もこの2匹の勉強会に行ったらどうだい?」


「あ、知ってますよ、それ。高木さんがいつも絞られてるやつでしょ、漢文と日本史、数学物理でもうへとへとって」


車内は笑いで満たされた。話が弾むうち、私たちは凡々凹山の頂上付近にある神社の境内に着陸した。私たちが下車すると、白ずくめの着物を着て袴を履いた背の高い青年が本殿から出て来た。


「何の御用でしょうか?」


眉が太く、彫りが深い。少しウエーブのかかった髪の青年が怪訝な声で尋ねた。


「神様研修センター研修中の花田です、この地での問題を解決するためここで野営してはいけないですか」

「この地の問題って」

「いやだから・・・」


私が言いかけた時だった。後ろを振り向くとそこには一人のくノ一と思しき女性が立っていた。


 丈が短く太腿が露わになった紺色の着物とキツく締めた帯、脛までの脚半、そして後ろで結えた長めの髪ときつめの化粧。腰には長刀を差している。


「あーら。珍しいお客だこと」


電動タクシーのステップに片脚を掛けて女は皮肉めいた笑いを投げかけた。


「マ、マヤ姫」


青年は恋人に甘えるように甲高い声で呼んだ。


「ツキヒコちゃん、イイコトしようね、その前に邪魔者には消えてもらうからね」


マヤは後ろを向きざまに着物の裾を端折って帯に挟み込んだ。真っ赤なTバックのショーツが露わになり、ツキヒコはアングリ口を開けた。


「ほうら、ツキヒコちゃん、ここを舐め回していいのよお」

「マヤ姫、ヤリテエエ、イッパツ、イッパツでいいからヤリてえよお」


 股間を握りしめながら近づいてゆくツキヒコを安永が後ろに突き飛ばし、護身用のピストルを構えた。


「撃てるもんなら撃ってみろ、そんなものこうしてやる」


マヤは腰に差している短めの杖を取り出すと、安永の銃を指して叫んだ。


アウファaufer


銃が安永の手を離れ、マヤの手中に収まった。マヤはそれを崖下に投げた。


その隙を狙ってツキヒコはよろけながら立ち上がり、坂を下って逃げて行くのが見えた。


「アイツを人質に取ればよかった」


安永はそう独り言をいい、明晰な頭脳を見せた。この車が狙われないためにも必要な措置だったのだ。


「花田さん、こいつは魔法の呪文を知っているぜ、今のは奪い取る、っていうラテン語だ」


 ステップを降りて来たシュレネコが叫んだ。七百猫もステップを降りて来て叫んだ。


「マヤ、やめるんじゃ、もうやめてくれ」


「モモちゃん」


マヤは悲痛な声で叫んだ。


「こいつらを始末してからだよ、モモちゃん」


 マヤは少し怯みながらもそういうと、私をめがけて魔法の杖スペリングワンドを向けた。私は家康公の太刀を抜いた。白刃の光輝が立ち昇り、マヤは少し目を背けた。


なおもにじりよるマヤに私が斬りかかろうとすると、マヤは杖を私に向けて叫んだ。


クレオ・キルクルス魔法陣よ出よ


次の瞬間、信じられないことが起こった。


つづく











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