第87話 賽子とオババの神通力
この後昼食休憩となり、連続したプレゼンと提案の後、出席者はやっと一息つくことができた。私たちはセンターのレストランへ行き、猫二匹は猫部屋でミルクとクッキーを堪能した。
1時間余りの後、午後1時から再び会議が始まった。まず、賽婆の屋敷に放ったAI昆虫から送られて来た最新映像を見ることになった。
AI昆虫は生成知能を存分に活かして必要な情報のみをトリミングして動画で送って来る。それは賽婆による不穏な兵士募集の有様だった。
賽婆は板敷の粗末な床に胡座をかき、その前に甲冑姿で座っている野武士らしきざんばら髪の男たち3人を前に賽子を操りながら講釈していた。
「よいか、これがワシ手作りの通称、ババのサイじゃ。ほうれ、美しゅう輝いておろう」
賽婆は三つの賽子を空中で操りながら自賛した。
「元々の賽はこの神棚の中に祀ってあるわ」
オババは部屋の後ろ中央の大きめで黒漆塗りの神棚を開けた。中央奥に設えた神棚に一辺10cm程の白木で出来た原型の賽子が祀られてあった。
「このババのサイはのう、完全な立方体よ。どの辺も間違いなく同じ長さ、そして一辺はどれも凹凸なく完全に平たい面じゃ。これに基づき、同じ形で小さい多数のサイを作って占っておるのじゃ。
だからな、サイを投げる数が多くなるにつれ、どの数も六回に一回は出て来るようになるのよ。そしてそうなればじゃ、この賽子自体に神意が宿る。
お前らひとりひとりが六つの願いをひとつひとつの数に割り当てるとする。例えじゃ、彦三郎、お前が1の数は女を抱き放題、2の数を金銀尽きるほど湧く運、3の数を無病息災、4の数を美味いものが食い放題、5の数を酒の湧く泉、6の数を大勢の家来衆としよう、彦三郎、お主は何を最初に選ぶかな?」
「女、女の抱き放題っちゅうことで」
「哀れなやつよのう、彦三郎。まあよいわ。するとこのババを信じて数1にかけたとしよう。するとある瞬間から数1は6回に1回は必ず出て来るようになる。
するとお前はその瞬間から女を抱き放題にできるのじゃ、ただし、それはオババを信じます、とこの神棚前に置いてある請願に署名した瞬間からということじゃ。
ババを信じていた場合、もし賽の目がきっかり6度に1度出ることがなければ災いが起こるとされている。しかし、ババを信じていなければサイを振っても得もなければ損もない。
さあ、ババのサイを信じるかどうかじゃ、彦三郎、お前はどちらじゃ。女を抱きたいか、オババを疑って災いが起こると思うか、どちらにする?言っておくがババのサイは完全な立方体。それは天地神明にかけて保証してやる」
「も、もちろんオイラはオババを信じるぜよ」
「丑寅、お前はどうじゃ」
「ワシは美味いもんが腹一杯食いてえ、オババを信じるでよ」
「雁九郎、お主はどうじゃ」
「ワシは酒が浴びるほど飲みてえ、オババを頼むぜよ」
「ではここに名前を書くべし。この瞬間からお前らはワシの家来じゃ。そしてワシの願いを叶えてからお前らに賽子を振ってやろう。
但し、賽の目は一度に一回しか振れないことを覚えておけ。
それ以上やると神通力が消滅するからのう。願いは待つべきものと心得よ」
「でももし、外れた場合はどうなるのじゃ、ワシらに災いが起こるのは嫌じゃからの」
「アホとはこのことじゃ、故に最初から尋ねておろう、ババを信じてよいのじゃな、とな。お前らの答えは全て信じるということと思うたが、相違ないな」
「し、信じるぜよ、おらあ」
彦九郎は甲高い声で首肯した。
「それでええ、後の二人はどうじゃ、これでもババを疑うか」
「信じます、信じるともさ」
ふたりが忙しなく応答した。
「それでええ、じゃあ働いてもらうとしようか、まずはあの憎き色狂い、藤崎マヤを始末せねばのう」
オババは三つの賽子を右手で握り締めて唸った。動画のこちらでシュレネコがせせら笑った。
「あはは、こいつら全員、数学センスゼロだよな。数学1、1A、から教えてやりたいぜ。こんな調子で軍勢集められて笠村と戦になったらややこしいぜ。どうせマヤは強いしな。
今回野武士の奴らはマヤのお色気に誑かされて全部オババを裏切るぜ、そうなったら笠村の勢力に手こずるのは我々センターだよな。ここはオレが行ってオババを論破してやるぜ。基礎数学の確率論でさ。」
シュレネコはそう言って、七百猫と共に旅立つことを約束した。
つづく
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