第84話  「婆の賽《ババのサイ》」

黒田が再び演壇に立った。


「とても憂慮されるのですがここで皆さんにもうひとつの深刻な事態をお知らせしなければなりません。」


 眉間に皺を寄せた彼の顔には明らかに落胆と不安の表情が現れていた。


 「実はこの凡凡凹凸山の中間地点に新たな敵対勢力がいるのです。」


 黒田はパワーポイントで山の地図を表示した。


「実はこの二つの山の中間地点には笠村や村地の一族が支配する以前に、老婆を頭とする落武者集団がありました。この集団は賽子で戦運を占う「賽婆サイババ」という元歩き巫女が率いていたのです。


 ところがこの賽婆一族は笠村の襲撃によって滅びたのです。賽婆は怨霊となり、同じく怨霊となってこの山に巣食う笠村一族に復讐しようとしているのです。


 歩き巫女というのは戦国時代の武田氏に用いられた望月千代女にあるようにくノ一を率いて地方の情報蒐集と調略に用いられたのです。そして遊女や旅芸人となって各地を渡り歩きました。


 しかし醜女であった賽婆にはそんなチャンスがなかった。そういう者の選択として、占い師や呪い師の途があったのです。そこで彼女は山に籠り、賽子で占いを生業としながら竹細工や山から採れる木の実や薬草を売るサンカの放浪民になった。


 そして山に逃れてきた落武者や野武士を集めて館を築き、この地における一大勢力になったのです。彼女が占いそして戦いに用いる手製の「婆のババのサイ」には強力な魔力が備わっている。それを彼女が投げると鋭い刃や爆弾に変身するのです。


 マヤは一度その刃を太腿に食らった経験がある。彼女にとってそれは自分にとって最高の財産を傷つけられるに等しいこと。幸いというか、マヤは魔術でその傷をたちまちのうちに元通りにしたと言います。しかしマヤの憎悪は決定的になった。


 一方、怨霊となった賽婆は笠村が囲い込んだ藤崎マヤに強い嫉妬と憎しみを抱いている。生涯一度もオトコに振り向いて貰えなかった不運。そして怨霊となって以降、怒ると彼女の手足の一部は膨張し、突起してくるという異常性。笠村を虜にした溢れんばかりの性的魅力とオトコを惑わす容姿に恵まれたマヤに恐るべき嫉妬を感じたとしても不思議ではない。


 賽婆はマヤを色狂い女と呼び、笠村共々滅ぼそうとしている。しかし村地が建立した我々の神社をも滅ぼそうとしているのです。即ち、この二山を巡っては、笠村、賽婆、そして我々神様研修センターの三勢力が覇権を競っていると言っても過言ではありません。


 これからその賽婆のリアルタイム動画を我々が開発した極小カメラによってお見せします。神様研修センター科学研究室特別研究員、英国から招聘したウオルター・ステグマイヤー博士、そして我が研究所が誇る平田、南両研究員です。」


 会議室の扉が開き、ワゴンの上に白布で覆われた装置を乗せて白人系の背が高いダーススーツを着た科学者と、その後ろを歩く二人の白衣姿の緊張気味の若い研究員が入って来た。彼らは装置を中央の長机の前に置くと所長の隣に立った。


 白人科学者がヘッドセットをつけて英語で話し出すと、 後ろに立てられたスクリーンに日本語で訳出されていった。



「初めまして、皆さん。私がこのセンターに招聘されて装置開発のリードを取るウオルター・ステグマイヤーです。みなさんにお会い出来て光栄です。そして当センターの優秀な南、平田、両研究員と共同開発出来てとても喜んでいます。まずは、カメラによる映像をご覧ください。」


 タブレットのアイコン操作によって全てのカーテンが降ろされ、照明が消された。そこは賽婆の屋敷だった。板の間の粗末な客間にガッチリした容姿淡麗な若者が項垂れていた。男は白装束の着物と袴を身につけていた。そしてその前に嗄れた老婆が枯葉を集めたような異様な衣装を纏って胡座をかいていた。


「あ、あれはツキヒコですよ。」高木が私に耳打ちした。


「愚か者、あの女と交合したいじゃと、これじゃ、このこいつの写真集とやらでセンズリをコクのじゃあ。お前のチンポコをシゴいて辛抱せい。オトコの精をこの上に飛ばしてガマンするのじゃあ、わからんか。この愚かモンがあっ。」


婆は藤崎マヤが生前に人気を誇ったグラビア写真集を振り回しながら絶叫していた。写真集のタイトルには


「イっちゃってイイのよ」


とある。


ツキヒコは明らかに狼狽し、赤面していた。


「この混沌に存在する唯一の救いはオババかもしれん。」


私は呟いた。


つづく
















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