第74話 隠された十字架の意味 (2)

 「あんたの名前は厩戸豊聡耳皇子、厩で生を受けたっていうことだよな。そして「豊聡」っていうのはさぁ、あんたが街中で庶民の声を聞くことを始めた頃の話だよな。


 貧しい民衆があんたのもとに駆け寄ってきて、口々に請願をした時、あんたは一度でそれを聞き分け、解決しようとした。日本書紀には「兼知未然」て書いてあった。未来を予知できる能力もおありだったとか。


 そればっかりじゃねえ、あんたは四天王寺を建立し、その中に悲田院、施薬院という施設を設けた。悲田院ってのは貧しくて衛生状態の悪い者たちや、そのせいで感染症に罹患した者たちの体を清潔な温水できれいに洗ってやるところ、そして施薬院ってのは病気の者たちをただで診療してやる診療所のことだよな。


 でもあんたがこの世を去った後、同じ意思を受け継いだ山背大兄皇子は本当なら天子様になれたのに、権力を笠に着た奴らに無惨に殺されてしまったんだよ。しかも殺した奴らはあんたの復讐を恐れ、あんたの像の背後に釘を打ちつけ、体の中を空洞にして1500年もの間、厨子の中に布で覆って封印しやがった。


 オレの信じる神の子もよ、あんたと同じで厩で生まれ、同じように貧しい者や虐げられているものを救っていたんだよ。そしてあんたと同じように、様々な奇跡を行って、人々を驚かせたんだ。

 

 ところがな、当時ユダヤ、今のイスラエルに当たる国の立法学者や為政者に危険視され、ついには叛逆の罪を着せられて、十字架に磔にされ、息を絶えたのさ。


 磔刑に処せられた時、弟子たちは巻き添えになりたくなくて逃げたんだけど、死から3日後その神の子は復活していたんだ。そして彼を世話していたマグダラのマリアや弟子たちに迎えられ、40日後に天に登っていったのさ。


 神の子は人間たちの罪をひとりで背負って十字架にかけられたんだ。すべての人間が神によって贖罪されるようにな。


 でもさぁ、十字架の上で想像を絶する苦しみに耐えた後、マグダラのマリアや弟子たちに迎えられて、オレの信じる神の子は幸せなひとときを過ごした筈だよ。


 でもあんたはどうなんだ、1500年にも渡って厨子の中で釘に打たれて、眠らされていた。そんなのありかよ。


第一あんたはそれでいいのかよお、悲しくないのかよお、惨めじゃないのかよお。」


 「やめろ、それ以上言うと私が許さんぞ。」


 七百猫は全身を震わせながら大声で叫んだ。


「この時代錯誤の化け猫野郎、黙ってろ。」


 そう言われた瞬間、七百猫はシュレネコに飛びかかっていった。机の上で七百猫はシュレネコの体を前後の脚で抑え大声で啼いた。


「ウギャアアアア、もうやめろ、

お願いだからもうやめてくれ。」


 七百猫の目から大粒の涙がいくつも落ちてシュレ猫の体を濡らした。シュレネコの体は大きく震え、彼の目からも大粒の涙が流れて落ちる。


 「てめえはさあ。てめえは、綺麗事ばっか、綺麗事ばっか言いやがって、てめえはよー。」


「2匹とも!もうやめて。もうお願いだから、やめて。」


 後ろから見ていた浅見が叫んだ。浅見美香の顔も涙で濡れていた。


「いいから、太子様をもう一度よく見なさいよ。」


 2匹は居直り、聖徳太子を見上げた。太子の瞳から大粒の涙が溢れ、途切れることなく地面へ落ちていた。


聖徳太子は泣いていた。


「イエスのことか。」


聖徳太子はシュレネコに声をかけた。


つづく








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