第70話 日本史最大の闇 (6)ー蘇我入鹿の最期
殺人者ふたりは儀式が行われている宮殿の入り口で、様子を伺いながら待機していました。そして直接手を下そうとしない鎌足は、弓矢を抱き、ふたりの傍で様子を伺っていたのです。
やがて蘇我入鹿が入場します。鎌足は入鹿が太刀を帯びているのに気付きます。そして一計を案じるのです。帝のお側に仕える道化に入鹿の太刀を預かるように言うのです。すると道化も心得たもので、入鹿にこう言います。
「入鹿様、あなたのお腰に付けられたその黒々として太く長い一物を、この道化めにしばらく預からせてください。私は
すると人のいい入鹿は相好を崩し、大笑いするとすんなりと太刀を道化に渡すのです。
入り口で様子を伺っていた暗殺者のひとり、子麻呂は緊張の余り、食べたものを地面に戻してしまいます。鎌足は「だらしがないぞ」と叱りつけます。そしてなおも儀式の進行を伺い、暗殺のタイミングを伺うのです。
すると、使節に対して上奏文を読み続けていた
案の定、側にいた入鹿に見咎められます。
「どうして震えておるのじゃ、しっかりと読め。」
「帝のおそばで三韓の大使に奏上するというお役目に緊張し、粗相をするところでした。暫くお待ちくださいませ。」
彼はこのように言い逃れます。ここぞと思い定めた中大兄皇子は子麻呂と共に殿中に駆け上り、剣で入鹿に斬りつけます。驚いた入鹿が立ち上がろうとすると、子麻呂が脚を斬り、入鹿は這いずりながら皇極帝の御簾へ近づいて行き、叫ぶように助けを求めます。
「一体、一体、何の罪で私はこのような目に合うのですか?」
もう儀式どころではなく、三韓の使節は近習の案内で宮殿から外へ逃れます。
流石に皇極帝は慌てふためき、中大兄皇子に問い正します。
「これは一体何事ぞ、三韓の使節に対し無礼の極みであろう、控えよ。」
中大兄皇子は叫ぶように大声で答えます。
「この鞍作と申す者は
嫉妬と怒りに身を震わせ、涙を流しながら、なおも御簾に這いずって行く入鹿の背中を剣で突き刺すのです。入鹿は最期の力を振り絞って両手を上げながら御簾を掴み、歯で御簾に喰らいつきます。
女帝への熱い想いを最期まで遂げようとする入鹿。皇極帝は余りの惨状に耐えきれず、奥へ下がってしまいます。御簾に喰らいついたまま俯せになって踠く入鹿。
もう我慢の限界を越え、私は殿中に駆け上がり、入鹿の背中に乗ってやったのです。礼服は血で汚れ、私の腹も足も血で染まりました。
本当に悲しい時はネコだって涙がいっぱいでるんですよ。
私は全身の毛を逆立て、それまで出したことも無いような叫びを上げました。中大兄皇子は純粋な若者でした。余りにも私の姿が恐ろしかったのでしょう。剣を下ろし、そして袖で涙を拭いながら宮殿を出て行きました。
中臣鎌足だけは直接手を下さず、宮殿の入り口で尚も事件の推移を伺っていたのです。その様子に私は怒りと悲しみでいっぱいになって、絶命寸前の入鹿の耳元で囁いたのです。
「かわいそうになぁ、お前も馬鹿な企みに加担したが、山背大兄に直接手を下したわけでもない。ひとり罪を着せられてこうやって命耐えるとはなぁ。あの鎌足という男、あいつだけはわしは許せぬ。いつかあの男とあの男の一族に災いが降りかかるようにしてやろうぞ。
今日の事は未来永劫に忘れないからなぁ。入鹿、馬鹿野郎、どうしてわしの言うことを聞かなかったんじゃ。こうなるとどうしてわかってくれなかったんじゃ。バカヤロー、どうしてじゃ、どうしてなんじゃぁ。」
私はあの時代、野良猫として生を受けました。市井の民衆が飢えや疫病で易く命を絶たれる時代、私も都の路上で食うや食わずの生活をしておりました。
食物にありつけず、もう命尽きるかと思い、道端にへたりこんでおったとき、拾ってくれたのが蘇我入鹿でした。
丁度梅雨の昼下がりでした。雨が激しく降り、私は民家の軒先で雨に濡れながら縮こまっておったのです。そこへ輿に乗った若い貴族が私を見つけ、衣が濡れるのも厭わずに私を抱き抱え、屋敷へ連れて帰ってくれたのです。
屋敷に着くと、あいつは柔らかい絹で体を綺麗に拭いてくれて、私に隋渡りの貴重な甘い菓子をくれ、頭を撫でてくれました。
「はてさて、お主を何と呼ぼうかのう、思案のしどころじゃ。」
などと言い・・・・。
あんなにも優しい男を狂わせたのは権力への執着です。そして軽挙妄動したがために、嵌められてついには無惨にも殺されてしまったのですよ。
つづく
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第70話までお読みいただきありがとうございます。お陰様で
字数も前回10万字を超えたところです。最近書くことが
とても楽しく、また読者の方々に読んでいただくのがとても
嬉しい日々です。これからもお楽しみいただけるよう、精進
して行きますのでよろしくお願い致します。
著者 山谷灘尾
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