第65話 日本史最大の闇 (1)
私たちは部屋を出て、聖徳太子との面会に行った。高木は七百猫を胸に抱き、私は衣冠束帯に着替えた。今回はゲストハウスではなく、大会議室での遠隔による対面ということだった。直接面会することはできないのは、複雑な理由があるということだった。
私たちがいつもの大会議室に着くと、浅見が待ち受けていた。ダークスーツ姿の彼女は素早くタッチパネルを操作して、カーテンとブラインドを下ろし、スクリーンを下げた。映し出されたのは法隆寺の全景だった。
カメラが中門を入り、金堂から五重塔を経て、夢殿の内部へと入っていった。拝観時間が過ぎていて、私たちは薄暗い夢殿の中を見ていた。すると、私たちの前に現れたのは、かの有名な救世観音像だった。仏像らしくない生きた人間のような柔和な容貌と黄金に輝く光背の炎、そして北魏様式を思わせる衣の緩やかなドレイパリー。
すると、突然仏像の顔が人間の皮膚の色に変化し、装飾的な衣のドレイパリーもまるで僧衣のようにリアルな立体感を持って立ち上がってきた。私は一体何が始まるのだろうかと身構えた。
「太子様。」
と七百猫が話しかけた。猫は前の長机に丸くなって座り、聖徳太子と対峙していた。
「お久しゅうございます。」
「
と太子は穏やかに答えた。仏像と思われたその人は聖徳太子であった。
「そちらの方々は、花田様と高木様ですか?」
太子は鈴の鳴るような澄み切って穏やかな声で言った。
「私が
「花田耕平と申します。」
「高木努と申します。」
「浅見美香と申します。」
私たちはそれぞれに自己紹介をした。
太子は言った。
「本日はこのような時間に、このような形での面会となり申し訳ありません。夕刻となり、お休みいただいくのが本意なのですが、私が自由になる時は法隆寺が閉まる間ですのでね。」
モナリザが浮かべているアルカイックスマイル、それと類似した微笑を浮かべていらっしゃる太子を私はとても悲しく感じた。かつて高村光太郎が救世観音を見た時、同じような感想をこぼしていたことを私は知っていた。
「私はこの寺から出られないようになっているのです。私も私の息子たちや一族もずっとここにいるのですよ。凡そ千五百年もね。」
太子は淡々と語った。
「七百や、その辺の事情をこの方がたに話していただけないか。そなたの方が私より詳しい事情を知っているであろう。」
「承知いたしました。」
七百猫は深く礼をしながら言った。
「もうお分かりと思いますが、夢殿に鎮座まします救世観音様こそ、聖徳太子様なのです。この仏像は開眼以来、ずっと秘仏として厨子の中に閉じ込められていたのです。
寺には言い伝えがありました。この秘仏を厨子から取り出すようなことがあれば、大いなる災いが起こり、それを見た人々は死に絶えるであろうと。だから、僧侶たちも学者たちも長らく厨子を開けようとはしなかったのです。
しかし明治17年ついに秘仏は公開の日を迎えました。政府お抱えの外国人学者だったフェノロサが、公文を持ってこの秘仏の公開を要求したのです。僧たちは恐れおののき、要求を拒絶しました。しかし政府の公文を手にしたフェノロサも退きません。
ついに幾重にも巻かれた白布が取り除かれ、救世観音様は姿を見せました。僧たちは天変地異を恐れて、逃げ去っていったと言います。
ところが何事も起こらず、その穏やかなお姿は、フェノロサを始めとするその場にいた関係者の心を打ったのです。
タブーは誰かのために捏造されたことが露見しました。
つづく
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