第57話 「七百一回目のプロポーズ」(1)

神様研修センター近代史アーカイブ


テロップ

 この記録動画は、神様研修センター所有の飼い猫、七百猫の証言をAIによって再構成したものである。


1968年5月 文化大革命下の中国 上海。

 

 上海郊外一軒の古い洋館が映し出される。カメラはその地下への階段を降りて行き、ドアが開く。そしてそこには古いベイスメントの部屋。以前に西洋人が住んでいたものか、アンティークのような木製の椅子と丸テーブル。そして古いグランドピアノ。


 人民服を着たひとりのピアニストがピアノを弾いている。反対側のカップボードには、草花があしらわれた品の良いカップやソーサー、ティーポットが並んで置かれている。丸テーブルで中国緑茶を楽しみながら目を閉じてピアノ演奏を聞いている白髪混じりの上品な女性。そして傍には大きな丸々とした猫が目を閉じて聴いている。


 暫くすると、階段を降りてくるドタドタとした大勢の足音。ドアが乱暴に開けられる。カーキ色の人民服を着た7、8人の男女が手に小さな赤い毛沢東語録をかざしている。その中にいたショートヘアでキリリとした太い眉をして、大きな瞳を持った聡明そうな若い女性が進み出る。


造反有理ツァオファンヨウリ毛主席万歳マオチュシワンスイ!」


 すると角材や鉄パイプを持った若者たちが一斉にピアノに駆け寄る。


「什么事呀!《何なのですか》、你们是谁?《一体だれなの》」


 驚いた老婦人が叫ぶ。


 「ここに隠れてこんな反革命的なことをしているのはわかってたんだぞ。 この走資派の反革命分子ども!」


 ひときわ背の高いがっちりした若者が叫ぶ。


「これでもくらえ。」


 ピアニストを椅子から突き飛ばすと、一斉に五、六人でピアノを角材や鉄パイプで破壊する。


「やめて、やめてください。」


老婦人は若者にしがみつく。


「うるさい、この反革命資本主義分子め。」


 若者は老女を突き飛ばし、彼女はカップボードにぶつかって倒れる。カップボードの扉が大きく開き、ティーカップやソーサーが散乱して割れる。


「やめてください、お願いです。もうピアノは弾きませんから。」


 若者がもうひとりの小柄で、人が良さそうな短髪のメガネをかけた青年の足元にしがみつく。


「うるせえんだよ。」


 そう叫ぶと眼鏡をかけた青年はピアニストをうつぶせにして捻じ伏せる。そして両手を前に突き出させる。


「二度とピアノが弾けないようにしてやろうか、やれ。」


その瞬間、ピアニストは知人の男の顔が目に入る。


建軍ジェンジュン、君が、君が言ったのか、僕がここで… 。」


 建軍と呼ばれた青年は、目を逸らす。


建軍ジェンジュン、お前がやれ。」


 先程の背の高い若者が命じる。


「は、はいっ。」


 躊躇いながらも建軍は角材を広げられた両手に振り下ろす。


「ああっ。」 


 ピアニストが叫ぶ。角材の先で斬られた跡がつき、少し出血する。その瞬間だった。丸テーブルにいた猫がピアニストの両手を庇って上に載る。


「ウギャアアアア。」


 全身の毛が逆立ち、まるで何かの化身のように猫は叫ぶ。


「このクソ猫め。これでもくらえ。」


青年が角材を振り下ろそうとした瞬間、先頭にいた女性革命家が腕を引き止める。


「なぜ、なぜ止めるのですか、同志トンチイ。」


女性は、この紅衛兵集団のリーダーのようである。


「弱い動物を虐待するのは農民ノンミン工人コンレンを搾取する資本家と同じだ。そんなことを毛主席が喜ばれるはずがない。」


青年は、しぶしぶ角材をおろす。


「君がこの集団のリーダーなのか?」


七百猫は女性に問う。


つづく。




 


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