第55話 AIビリーの山頂トレーニング
戦いが近づくにつれ、私の戦闘トレーニングは厳しいものになっていった。宮城恵尚との空手のトレーニングでは、防禦を超えて様々な攻撃パターンのシミュレーションとなり、数回に一度は私の方が優勢になることもあった。
そしてある日、彼の先導で私達は久しぶりにAIビリーをトレーナーとしてVRトレーニングを実施することになった。先日以来、私の内耳には大脳にVRを発生させる微小AIキットが装着されている。センターの科学研究室とのコラボで機器を作動させて様々なヴァーチャル空間でのトレーニングが可能になるのだ。
その日私達三人の前には峻厳な山々が聳え立つ絶景が展開していた。私達はまるで、屏風のように切り立った断崖の上に立っていた。宮城は暴風の中こう言った。
「大正、明治にかけての天才作家、中島敦をご存知ですか? 彼の作品に『名人伝』というのがある。時に中国の戦国時代、趙の国に紀昌という男がおった。紀昌は弓の名人になろうと志を立て、飛衛という師匠に就いて弓を習うのじゃ。飛衛はこの弟子に、まず部屋の虱を見つめ続けよ、と言う。凝視することで動いている虱が止まっているかのように巨大に見え、動体視力で捉えて弓で射られるようにせよという教えじゃ。
紀昌がそれをマスターすると、飛衛は彼に弓矢の奥義を伝達する。やがて紀昌は飛衛の技を全て吸収すると、山頂に暮らす仙人の如き白髯の名人に会いに行くのじゃ。名人の求めに応じて、紀昌が渡り鳥の群れに向かって矢を射ると、一撃で五羽の大鳥を墜落させた。するとその隠者は笑ってこう言うのじゃ。
「それは一通りの技、「射の射」であって、「不射の射」ではない。」
とな。その名人は屏風のような断崖に立ち、見えざる矢を見えざる弓に番え、ヒョウと放てば鳶を一羽射落とすのじゃ。
これは勿論作り話にしか過ぎん。しかしこの話には武道の深淵が含まれておる。己の技を使うことに懸命なうちはまだまだ半人前ということじゃ。そういう意味ではわしもまだまだかもしれぬ。己が技を体内に宿し、それが無意識のうちに発現するようになって初めて大成するのじゃ。するとどんな不意の攻撃も瞬時に躱せて、自分の有利に取り込み相手を倒せる。
「不射の射」とは弓も矢も己が体内に宿している如き名人ということではないのかとわしは思うのじゃ。そして物理法則が本来働いていないこの世では、本来全ての技が自由な筈じゃ。それを信じるのです。神であるあなたには何でもできる。そしてできなくてはならぬ。敵は強力な魔術を使うと聞く。しかしそれは恐るに足らぬ。全てはあなたの思うがままなのじゃ。それをこの機会に体得してくだされ。
つづく
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