第54話  徳川家康ー諦めない心のレッスン(4)



「お教え、確かに承りました。」


私は静かにそう言い、ゆっくりとうなずいた。家康公は続けた。


「ここにいる井伊直政は、常に私の傍にいて支えてくれた。徳川四天王と呼ばれておるが、その筆頭じゃ。直政は遠江の国、浜松に近い井伊谷に生を受けた。父直盛はな、今川家の家臣で桶狭間で戦死したのじゃ。戦国の世は残酷なものよ。


 それで出家させられて、寺に預けられた。寺ではよく気の利く奉公を懸命にしたので、住職がわしに士官するように勧め、そして小姓となったのじゃ。信玄亡き後武田が滅び、その部下であった山県昌景の朱色で固めた軍団の統率を任すことにした。世に名高い「井伊の赤備え」じゃな。


 この男はな、鬼の角の如き立物をあしらった兜を被り、長鎗を振り回して先陣を切っていく。その姿は「井伊の赤鬼」と異名を取り、恐れぬ武将はいなかった。


 関ヶ原の戦いで、石田三成の西軍が総崩れとなり、薩摩の島津義弘は我が東軍を突破して逃げようと図ったのじゃ。伊勢街道を駆けに駆けたのじゃが、この直政は馬に鞭を振るい、島津の後を追いに追った。


 あまりの猛追ぶりにもうあとの武者は追いて行けず、この男一騎となった。そして、義弘の甥である豊久を討ち取ったのも束の間、もうこの赤鬼は、島津義弘薩摩へ逃さじと本人の命も狙っておった。しかしついに島津軍の鉄砲に足を狙われ負傷し、落馬してしまったのじゃ。結局その傷がもとで四十代で世を去った。惜しい限りじゃ。


 しかしどの戦いにも先陣を務めようとするその気概を買って、わしはこの男をいつも側に置き、そして大役を務めさせて意見を聞いた。今回はな、直政からそなたにわしが大事に備え持っておった名刀二振りを与えたいと思い、ここへお呼びしたのじゃ。直政、あの名刀二振りをここへ。


「は、上様、暫くお待ちを。」


 直政は、廊下を伝い取りに行った。沈黙が流れ、すぐに刀を長い台に載せ掲げ持ってきた。


 「一振りは太刀、もうそしてもう一振りは脇差、いずれも神の如き力を宿しておる。直政、花田殿に詳しく説け。」


「はっ、こちらの太刀は獅子王と呼ばれ、平安時代に大和国で打たれたもの。あの源頼政が鵺を退治した褒美として、天子様から後下賜されたという曰わく付の名刀でござる。もう一振りは脇差、物吉貞宗ものよしさだむね。どちらも鬼や魔を払う力があるとされています。」


 直政は私の前にニ振りの名刀を台に載せて置いた。


「上様、ここでよろしいですか?」家康公が静かにうなずくと、直政は「御免。」と言いながら台の下に敷いてあった半紙を手に取り、口に当ててまず太刀を抜いた。


 それは天女のようなしなやかさと神々しさを放ち、瞬間、周囲の空気が浄化されたように感じられた。直政は太刀を鞘に納めると、脇差を両手で持ち、左右に抜いた。


 今度も刀身に溢れる清冽な光が心まで浄化してくれるように感じられる。直政は刀を鞘に納めると、家康公に軽く礼をして何か許可を得た。そして私の前に座り直し、こう言った。


 「この刀ニ振りと、家康公ご着用の甲冑一式を後日センターにお届けにあがります。ここで花田殿の勇壮な武者姿を是非とも見たいのですが、それは機会があれば後日と言うことで。


 くれぐれもご自分が信じたことを最後までやり遂げるのみです。迷いを消し、このお出会いと名刀を信じて、そしてご自分の力を信じきってくだされ。ですが、くれぐれも慎重さと、引くべき時は引くと言う潔さもお忘れなきように。


 私は上様に忠誠を誓うあまり、敵を深追いしてしまい傷を負い、それがもとで命を落としてしまいました。今となっては後悔はありませんが、くれぐれも心の片隅に命の重さを置かれるよう、念じてやみません。」


 私は深々と二人に頭を下げた。


 「このようなお計らいを東照神君様と井伊直政様から賜り、身に余る光栄に存じます。この花田耕平、わが全力を尽くしてこの戦さに立ち向かい、悪霊を退治して、平和を切り拓かんと固く決意しております。本日は誠にありがとうございました。」


 そう言うと、家康公と直政公は顔を見合わせ、うなずきあって笑っていた。


「ささ、酒に手がついておらん。ゆっくりと飲んでいかれよ。」



 私は杯を押しいただき、高木にも勧めた。私たちは無言でゆっくりとその濁り酒を味わった。酒の甘みと暖かさで体全体が和んでいくように感じられた。私たちは深々と礼をして、その場を離れ、帰路についた。


 車中で様々な思いが駆け巡った。アーサー王の騎士道と家康公の武士道は、究極において一致する。神仏を恐れ、信念を最後まで貫徹すること。また一方、引くときは引き、己の限界を知り、天命に任せること。私は己に課せられた戦いの意味を更に深く知った。


つづく



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る