第51話 徳川家康ー諦めない心のレッスン(1)


 それからしばらくして、私は徳川家康公と面会することになった。前回の菅原道真公との面会同様、高木が供をすることになった。私たちは横山のリムジンに乗り、通称「御所」と呼ばれるゲストハウスに向かった。


 車を降り正面の入り口階段の前に並んだ。高木が来訪を告げると、ひとりの若武者が御簾をあげた。


「さ、さ、こちらへお上がりください。」


 眉が太く、精悍な面持ちの二枚目だった。口髭は短く切り揃えられ、シワひとつない真っ青な直垂を着こなしている。そして侍烏帽子の顎紐を固く結び、まるで武者人形のような男だった。


「直政、こちらへお通しせよ。」


 私は歴史が好きだったので、すぐに誰かわかった。特に戦国時代ファンにとっては夢のような出会いであった。


「井伊直政様ですか?」私は思わずに口走った。

「いかにも。」


若侍は爽やかな微笑を浮かべて短く答え、右手指を揃えて腕を前に出し、館内へ入るよう促した。


 私は御帳台の前で平身低頭した。


「ハハハ、頭を上げられよ、花田殿。」


それは柔和で落ち着いた低い声だった。私は前回同様恐る恐る頭を上げた。衣冠束帯を身に付け、姿勢を正して座っているその貴人は、ふっくらした頬、柔和な瞳を持ち、武家の棟梁にふさわしい風貌をしていた。


「花田耕平でございます。本日はご多忙中…、」

「もうよい、堅苦しい挨拶は。ささ、本日は無礼講じゃ。」


 家康公は御帳台から出て、私の近くに胡座をかいた。


「どうも、この衣装は堅苦しくていかんのお。そなたはよくお似合いじゃ。花田殿はこちらのほうは大丈夫ですかな?」


家康公は酒を飲む仕草をした。


「は、まぁ大丈夫ですが、よいのですか?」

「お、このわしに説教とは、見上げた御仁じゃ。あはは、無礼講と申したろう。そなたの近習はどうされた?そうか、控えの間に行ってしまったか。直政、お連れしろ。そちも相伴するのじゃ、くれぐれも飲み過ぎぬようになぁ、あハハハ。」

「上様、ご冗談を。それでは近習の方もこちらへお連れします。」


 さすがは江戸幕府二百六十年の大平の世を築いた方の度量は違う、と私は思った。しばらくすると井伊直政は高木とともに酒杯と酒を高杯の上に載せ、掲げ持って登場した。


「ささ、一献。」家康公は、私の杯に濁り酒を満たした。

「わしの時代はこの濁り酒が主流じゃ。清酒はもっと後の世のもの。しかしな、うまいぞこれは。ささ、高木殿も直政も相伴致せ。」


私たちは車座になって酒を中央に置き、家康公の話を聞くことになった。


つづく



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