第50話 七百猫の願い
確かに猫はとても老獪そうな風貌をしていた。丸々と太っているが目は鋭く、足の爪は長く研ぎ澄まされている。尻尾は長く太く、それが左右にゆっくりと動いている。
「失礼いたす。」
猫は厳かにそう言って私のベッドの上で丸くなった。そのとても可愛らしい姿に、私はこの猫への態度をどうするのか決めかねていた。高木は猫の横に座って言った。
「花田さん、この猫は前世で藤崎マヤに飼われていたのです。」
私は魔女とこの老獪な猫のコンビに「さもありなん」というふうにうなずいた。
「猫の証言をもとに、AIがマヤとの出会いについてCG動画を作っています。センターのアーカイブに保存したものがあるので、ご覧になりますか?」
私はうなずいた。猫はじっと動かず目を閉じていた。高木はセンターのアプリを立ち上げて、パスワードとIDを入力し、ログインした。そして
「七百猫と藤崎マヤ、2016」というファイルを開けた。動画が立ち上がり、最初に
「東京六本木、路地裏」
というテロップが闇に浮かび上がった。それは深夜だった。街灯が点々と灯り、激しい雨が降って街灯の光が陰っていた。1匹の虎猫が小さな店先のゴミ箱の前で雨宿りしていた。建物に廂はあるものの猫の体は雨に濡れ、かすかに震えていた。
カメラが切り替わり、道路上に透明のビニール傘をさした女性らしき人物が街灯のシルエットになって近づいてきた。ストレートの長い髪、白いタンクトップにストーンウォッシュのダメージドスキニーデニム、上から薄いピンクのカーディガンを肩にかけている。女性はゴミ箱の影にうずくまっていた虎猫を見つけて跪いた。
「ネコちゃん、ネコちゃん、かわいそうに、こんなとこでどうしたの?」
「にゃあ、にゃあ。」 猫は甘えるように啼く。
「ネコちゃん、まるであたしみたい。ねぇ、ウチに来る? ねえ、ウチにおいでよ。」
女性は優しく囁きかけた。
「藤崎マヤです。」と高木が解説した。
「うん、わかる。」と私は返事をした。
「マヤはこうやって七百猫を拾ったんですよ。」私はうなずいた。
マヤは濡れるのもいとわずに猫を腕に抱いて歩き出した。後ろ姿のシルエットは遠ざかり、シーンが室内に切り替わった。それは瀟洒なマンションらしき1室だった。マヤは小さなポーチをベッドの上に投げ出すと、猫を抱いてバスルームに入った。タオルにドライヤーを当て少し暖かくしてから、猫の全身ををきれいに拭いた。
「にゃあ、にゃあ。」
七百猫はなおも甘えて、心地良さそうに啼いた。
「ネコちゃん、かわいいなぁ、よかったね、ウチに来て、あったかいウチに来て。」
マヤの目から大きな涙がいくつも床に溢れた。
「お腹空いてるんでしょう、何がいいかなぁ。」
マヤはキッチンに行くと小皿を取り出して、冷蔵庫の中から牛乳を出して小皿に注ぎ、棚の上にあった小さなビスケットを箱から出して、二、三浸した。
「こんなものでいいかしら、何にもなくてさぁ、あたし外食ばっかでさぁ。」
小皿が床に置かれると、猫はペロペロと小皿を舐め、ビスケットにかじりついた。腰をかがめマヤはじっとそれを見ていた。
「ネコちゃんの名前、何がいいかなぁ、あそうだ、モモちゃんてどう、かわいいでしょう。あなたは今日からウチのネコちゃんよ、モモちゃん。」
マヤは優しく七百猫の頭を撫でた。
カメラがフェイドアウトして動画が終わった。七百猫はなおも黙ってベッドの上でじっと目を閉じていた。高木は言った。
「こうやってマヤはこの猫と出会い、それから全てが始まったのです。この猫の背景には、二千年にも及ぶ日本史の闇が刻まれている。それをマヤは知ってしまった。そして彼女の運命はそこから狂っていったのです。
七百猫は今でもそれをとても悔いている。この詳しい話は、聖徳太子とご面会の時に立ち会わせて話させましょう。これを今、花田さんに告げるには重過ぎる、そう思うから私は黒田や所長と相談して、東照大権現様との面会を先にしたのです。どうかご理解していただきたい。」
「分りました。」
と私は手短かに答えた。
「わしのせいで、わしのせいで、全てが狂ったのじゃ。花田殿、せめてもの償いにわしを信じてそのようにしてくだされ。お願いじゃ。」
猫は震えて、しわがれた低い声で噛み締めるように言った。
つづく
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第50話までお読みいたありがとうございました。今後もよろしくお願い致します。ご感想等ございましたらお寄せくださいませ。♡マークのポチや、また⭐︎による評価等もいただけましたら光栄です。
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