第46話  閻魔王法廷見学



「数日後、その方とお会いになってください。もう予定をある程度知っておられると思いますが、その方とは東照大権現、徳川家康様です。


 1世紀にわたる戦国時代の混乱を鎮めた武将、260年にもわたる戦乱のない江戸時代を築かれたあの方なら、花田さんにふさわしい戦術と武器を与えてくださると信じています。」


 私は改めて今までにない重大な責務と状況に体がこわばっていくのを感じていた。しかし、このチャレンジを受け入れることが今までにない能力を身に付け、世の中に貢献できるチャンスだということを考え始めていた。


 それでも私はすぐにどう返事をして良いものか黙り続けていた。彼女は再び話し始めた。


 「花田さん、私はね、藤崎マヤを憎んでいるわけではないのです。元々彼女はとても優しい天使のような女性なのです。しかしマヤは自分では制御できない高い能力と美貌を持ったがために、あの世で地獄に落ちたのです。そしてこの世でもね。


 できることなら彼女を殺さずに捕らえてこちらへ連れて帰ってきて欲しい。もちろんあなたがそのために犠牲になってはいけません。やむを得ない場合は、その大刀で刺しても私は仕方ないと思っています。この世で殺されると、彼女はまた良くない異世界で苦しむことになるでしょうが、それは自業自得でしょう。


 私にはそれはよくわかる。でも、でもね、できればマヤを、あの優しいマヤを生かして返してほしい。そしてここで更生させるのです。もうね、これは私の一縷の望みでしかないの。」


 彼女は下を向いてすすり泣いていた。私はマヤとリサ、そして麻見美香の3人について、改めて何か特別な関係を感じ始めていた。


「ごめんなさい、ちょっと感情的になっちゃって。」


 リサはハンカチで涙を拭いた。彼女が落ち着いてきたところで、私たちは彼女の案内で閻魔王法廷を見学することにした。本日は開廷される事例はなく、この世へやってきた者たちは、別棟の収容施設で進路を決定されるまで待たされるのだ。


 私たちは再び強化ガラスで覆われたエレベーターを1階まで降りて、中央にある大きな法廷に入った。前には、中央に閻魔王が座るまるで裁判長席のような長机と、黒皮張りの肘掛け椅子が置いてあり、その左右に書記官の椅子が一脚ずつ置いてある。


 向かって左側の書記官を司録、右側を司命といい、各席の前には、小さなラップトップのPCが置かれている。閻魔王の裁定をPC で記録する際に、確認しあって証拠を残し、間違いがないかを相互チェックするのだ。


 死者の席は裁判長席から3メートルほど離れた中央に、まるで被告席のように周囲を木製の低い仕切りで覆われていた。そして閻魔王の背後に少し高い位置で大きなスクリーンが設置されている。これは浄玻璃鏡じょうはりきょうという特殊スクリーンである。

 亡者は被告席に着くとヘッドセットを装着する。ヘッドセットには電磁波が流れていて、AIが組み込まれている。亡者が前世で経験した全てが読み込まれ。そして早送りのように編集されてスクリーンに再生される。そしてAIとリサの裁定によって亡者が暮らす世界が決定されるのだ。


リサは言った。


「通常はやはり、死者が経験した内容を反映した進路になるのです。例えば、前世で犯罪ばかり繰り返して反省のない人なら、次の世も喧嘩や賭博、薬物や売春の横行する異世界でしか適応できないでしょう。いわば地獄ですね。


 前世で犯罪や事故に巻き込まれて癒しを求めている人には、花が咲き乱れ、陽光が降り注ぐ極楽浄土がふさわしいでしょう。最終的には、本人が心から求めている内容の映像がスクリーンに映し出されます。


 この世は多世界で構成されているのはご存知ですよね。結局死者本人が行く世界を決定しているのであって、私が断罪することは無いのです。しかし、私が助けを出す特殊なケースもあります。それは本人が必要以上に卑下したり、自分自身を肯定できずに悩んでいる場合です。そのような場合にだけ私が進路指導をしてあげるのです。」


 私は前世で閻魔王に対して持っていたイメージとあまりにもかけ離れた現実にまたもや驚嘆していた。


「この世は、あの世の裏返し、ネガとポジのような関係なのですね。」と私は言った。


 「その通りです。本人が前世でいかに生き、いかに考えたかが一番大切なのですよ。私が断罪する問題では無いのです。」とリサは冷静に答えた。


つづく



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