第43話  リサとマヤ、+と−。

 私はしばらく席を立てなかった。誰もが無言でエンドロールが終わるまで動くことすらできなかった。スクリーンが上がりブラインドとカーテンが上がると、誰もが深呼吸をしているのが分かった。


「どうでしょう。」と所長が言った。

「ご気分は大丈夫ですか?」


 あまりにリアルで残酷な場面が多かったため、彼は心配しているようだった。

「いや大丈夫ですよ。それにしても、…」

私は言葉を失っていた。


 机の上にワイヤレスマイクに入れる予備の単四電池が一本転がっていた。私は室内照明に鈍く光るその電池をじっと見つめていた。表面に印刷されているプラス極とマイナス極、それはまるでブレディー・リサと藤崎マヤそのもののように思えた。


 どちらも類稀なる能力と人を惹きつける魅力を持ち、一面では天使のような優しさと、他面では悪魔のような冷酷さを併せ持っている。そしてプラス極からマイナス極へと流れる電磁波の中に私たちは漂っているように思えた。そして最もプラス極に近い浅見は対極のマヤを憎みきっている。


口が裂けても今の感想だけはいうまい… 。


  隣に座っていた浅見が私に話しかけた。

「お気持ちはわかります。でも、でもね、これはこの世を守るために仕方がなかったのです。ご理解くださいますか? あの後、閻魔王さまは私たちに特別予算をくださり、この新しいセンターを建設できたのです。」


 私は浅見をじっと見つめていた。彼女と閻魔王の間には何か特別な関係があるように私には思えた。それは単にリスペクトしている存在以上のものに違いないと。


 「浅見さんは、閻魔王を本当に尊敬しているんですね。ああやってみんなを命がけで鬼から守ろうとしたことを。」


「ええ。」彼女も私の目をじっと見つめていた。

「確かに私も神様になったら、ああやってみんなを守らないといけないですよね。私にそんなことができるかどうか… .」

「大丈夫、大丈夫ですよ。花田さんにはきっとできる。リサ様と同じものを花田さんもお持ちです。」


彼女は言い含めるように私をじっと見つめていた。


 それから数日後、閻魔王が私と再び面会したいと言ってきた。メールによると、今度は閻魔王庁で会いたいということだった。高木と浅見が同行することになっていた。私たちは横山の運転するいつものリムジンに乗り込み、砂漠の中を進んでいった。すると、霞む悠か前方にひときわ大きい鉄筋と強化ガラスでできた近未来的な建築物が近づいてきた。


「あれが閻魔王庁か。」


と私はつぶやいた。


つづく

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