第37話 閻魔大王、登場


 「ミスター花田、Are you all right? 」


サンダース記者が話している英語がだんだん遠ざかっていく。


「花田さん、花田さん、誰か…、」


高木の声も聞きづらくなっていった。どれほどしただろうか。私はベッドのシーツの上で仰向けに寝ているのに気がついた。腕には点滴の管が通され、周囲を白服の看護師たちが行き交っている。


「ここはどこですか?」私はゆっくりと周囲に話しかけた。

「気がつかれましたか?花田さん、ここはセンター附属の診療所です。」

看護師が答えた。

「あー、そうなんだ。こういう施設もあるのですね。」

「ええ、そうなんですよ。本日はここで安静にされたほうがいいですね。」


「ありがとうございます。でもマスコミの対応はしなくていいのですか?」

「大丈夫ですよ。それはセンターの職員にお任せになってください。あなたに聞きたい事は高木さんがここへいらっしゃって、取り次いでいただけることになっています。」


しばらくすると案の定、高木と浅見がやってきた。浅見はとても心配している様子で声をかけた。

「花田さん、大丈夫ですか? 申し訳ないのですが、もしお体が大丈夫なら、お着替えになってほんの1時間だけセンターにお戻りになっていただけませんか?」

「ええ?どういうことでしょうか?」


「実はこの事件に関して、閻魔王庁より閻魔王様が直接センターを訪問され、二、三質問させていただきたいと先ほど伝達がありました。もしお体を動かすことにご無理がないのなら、閻魔王様にお会いしていただけないでしょうか。どうしても不可能な場合には、明日以降、…」

「いや、参りましょう。しかし、閻魔大王に会うってびっくりしたなぁ、ほんとに。」


「この世の入り口にいらっしゃって、司法全般を預かっておられるのは、閻魔王様と閻魔王庁なのですよ。」


と高木は答えた。


 私たちはいつもの横山が運転する黒塗りのリムジンに乗り、砂漠のような風景の中を研修センターへ戻った。


「まだ時間が少しあるので、レストランで休憩して何か飲まれますか?」


 と高木が尋ねた。私は外で空気を吸いたかった。体調はほとんど元に戻っていたので、体を伸ばしたかったのだ。その旨を伝えると、高木は私をセンターの前方50メートルくらいのところに立っている桜の大木の前で降ろしてくれた。


 この世に来てから不思議なのは天気がいつも快晴で、気温がちょうど4月か5月のように爽やかで暖かいことだった、しかも桜は満開で、周囲に花弁が絨毯を敷き詰めたように散っている。私が大木にもたれて座ると、浅見が近寄ってきた。


 「花田さん、ご気分は大丈夫でしょうか?だいぶ楽になられたようですね。」

「ああ、大丈夫みたいです。ここは景色が独特だなぁ。桜が満開なのに、その前は砂漠が広がっているなんて、まるで夢を見ているようだ。」

「ええ、そういうところです。この世は。」


 その時だった。砂漠の中の一本道を黒塗りのレクサスが砂埃をあげながら疾走してきた。車は車寄せで静かに止まった。正面から数人の職員たちが走り出てきて深々とお礼をする。中から黒いスーツと膝丈のスカートをはいた背の高いロングヘアの女性が降りてきて、サングラスを外した。


 ファッションモデルのように長い脚と引き締まった体をした美人だった。職員たちは手招きして案内しようとしている。


 「あ、花田さん、大変だ。閻魔王様がやってこられました。」

「ええっ、閻魔王様って?」

「あの方ですよ。ブレディ・リサ様とおっしゃいます。」


「ブレディ・リサ。」


私はその印象的な名前を繰り返していた。


つづく










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