激闘編

第33話  第二部 激闘編 序章 


時は平安末期、 京の都


かごめ かごめ かごの中のとりは

いついつでやる よあけのばんに

つるとかめが すべった

うしろの正面  だあれ


 都大路に埃を上げながら通り過ぎる牛車がスピードを緩めた。


「しばし、ここで降ろせ。」


中から貴人の声がした。周囲を固める侍たちが前の牛飼童に牛を止めるよう告げる。水干姿の少年は牛を器用に制御して、牛車は難なく停止した。供侍のひとりが前部の簾を上げ、桟と呼ばれる踏段を車の下部に据える。若い貴族はゆっくりと段を降りてきた。


 烏帽子を被り、純白の狩衣に身を固めた美男子は涼しげな目付きで周囲を見渡した。


 道端に五人で固まって立っていたのは先ほどの童歌を歌っていた少年少女だった。


「平家の公達じゃ。」


とひとりの背が高い少年が声を顰めて周囲の子供たちに言った。


「菓子を持て。」


と貴公子は、鈴の鳴るような美声で供侍に言った。

何時も女たちにウケるため、近ごろ都で流行の今様を吟じて鍛えた美声。


「はっ、ただいま。」


 濃紺染の清潔な直垂と侍烏帽子をキリッと着こなした若い侍が膝まづき、高杯に盛られた白い落雁を貴公子に渡した。彼はそれを右手で何気なく持ちながら、五人の童子が立ちすくんでいる道端に進んで行った。童子たちは息を殺して身構えていた、これから何事がはじまるのだろうか。

 

「今の歌は誰に習うたのじゃ?」

「これはこのごろ都で流行っている童歌でございます。この歌に合わせて鬼を捕まえる遊びをするのでございます。」


歳の頃なら9、10歳だろうか、利発そうな先程の背の高い少年が恐々答えた。


「ほほう、面白いのお。いいことを教えてやろうか? ここへもう直ぐ藤原の関白様が牛車でお通りじゃ。今の歌を一際大きな声で歌うがよい。さぞ可笑しきことになるであろう、オホホホホ。」


 黒漆塗りの骨組みで出来た扇子を口に当てて、平家の公達は悪意の溢れる笑いを周囲に響かせた。


 「よいか、私がこのことを言ったと告げてはならぬぞ。これは私からの褒美の菓子じゃ。皆で分けて食べるがよい。」

 

「いいのでございますか? このお菓子は・・・・・・」

 若侍が割って入った。

 「あのおなごか、心配には及ばぬわ。菓子など要らぬわ。

この宗盛が顔を見せてやるだけで、あやつはもう、オホホホホ。今宵も楽しみなことよ、朝まで帰れぬわ、オホホホホ。」


少年三人と少女二人が小さな手を差し出した。


「一人、一つずつ取るのじゃ、喧嘩せぬようにな。」

「はい、お公家様、ありがとうございます。」


少女が可愛らしい高い声で言った。


「おお、そちは器量良しよのお、大きゅうなったらさぞオトコを惑わす姫になるやも知れぬ、楽しみよのお、オホホホホ。さあ、もう少しで関白様がいらっしゃるはずじゃ。できるだけ大きな声で今の歌を歌うのじゃ、よいな?」


童子たちは一斉にうなずいた。貴公子は再び牛車に乗り、牛飼童は手綱を取って牛を前へ促した。牛車は厳かに動き出した。簾を上げて、貴公子はそばにいた先程の若侍に囁いた。


「頼近、面白いのお、関白め、肝を冷やすであろう。

 藤原の世はもう終わりよ。平家が引きちぎってやるわ、オホホホホ。」


牛車はゆっくりと都大路を遠ざかって行った。


つづく











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