第29話  菅原道真ー「神様と怨霊のレッスン(1)」


 その後も私は様々な研修を受けることになった。神道の歴史や神社の種類、世界の宗教など多岐に渡っていた。それも難なく乗り越えられたのは、やはり前世で料理人としての修行が厳しいものだったからだ。

 

 そして、ある日、高木が特別講義の知らせを持ってやってきた。これは神様になるまでに数回催され、歴史上高名な神様と数人対面して講義を受ける形式のものだった。高木は言った。


「やはりここで、神様と怨霊について学ぶ必要があるでしょう。今日はそのようなテーマで特別な方にお会いしていただきます。」


 怨霊と聞いて、私は先日のトレーニングでAIビリーから聞かされた話を思い出した。やはり私は何らかの形で怨霊と戦うことになるのだろうか。そのための準備といえば当然のことかもしれない。


 思いを巡らせながら私は衣冠束帯に身を正し、黒スーツに身を包んだ高木に促されて宿舎を出た。そしてセンターの車寄せに横付けされている黒いリムジンに乗り込んだ。


「横山くん、御所まで行ってくれる?」


 と高木は運転手に言った。私は記憶していた。最初センターまで私を運んでくれたあの運転手だ。高木は快活に言った。


 「横山くん、覚えてる?ほら君がここへ連れてきてくれた今研修中の神様だよ。」

「ああ、はい。あの時とは違い立派な衣装を着ていらっしゃるのでびっくりしましたよ。ご立派になられて私も嬉しいです。」

「奥さん元気にしてる?」

「ええ、毎日うまいもん作ってくれるんで、私もこうやって元気にやってますよ。」

「そいつは良かった。落ち着いたら奥さんも一緒にみんなで飯でも食いてぇなぁ。」

「いいんですか、神様もご一緒で?」

「なあに、たまにはいいさ、所長もいい人なんで、たまにハメを少し外すくらいいいよ。」

「じゃあぜひにウチで。家内もきっと喜ぶと思います。」


 話が弾んでいるうちに、車はセンターの裏にある大きな芝生を過ぎ、森の中に通っているまっすぐに舗装された道をゆっくりと走っていった。すると、右手に大きな池が現れ、その池の向こうに、まるで平安時代にタイムスリップしたような寝殿造の建物が現れた。


「特別ゲストのために建てられたゲストハウスですよ。別名御所とも言いますがね。」


 と高木が私の方を見て言った。


 「真ん中にあるのがゲストの居所である主殿、そして近習やこちらの事務局のものが控えるのが左右に作られた対屋たいのや、東にある対屋は東の対、西にある対屋は西の対と言ったりします。つなぐ廊下は渡殿わたどのと言いまして、ここを渡るときはなるべく音を立てず、静かに渡るのが習わしとなっています。」


 高木は今日の講師はあの歴史上名高い菅原道真公だと言った。前世で世界のVIPをもてなしたことがある私だったが、さすがに歴史上の人物と対面するのは初めてであり、ワクワクすると同時にかなり緊張していた。


 「花田さん、ちょっとリラックスなさったほうがいいですよ。深呼吸でもするといいかもしれませんね。」と高木はアドバイスした。

「ええ、さすがに日本史の教科書に載っているような人と出会うのは初めてなので。」

「わかります。私もここで最初にお会いした時はガチガチだったのでね。でもね、とっても穏やかな方なので、大丈夫ですよ。」


 池の周囲を回り越して、車は御所の車寄せに横付けした。私たちは正面の階段の前に威儀を正して立った。


つづく

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