第26話 シミュレーショントレーニング
その日の授業は、それで終わりだった。私はその後、様々な武道の特訓を受けた。剣道、柔道、合気道、少林寺拳法、ブラジリアン柔術、レスリング、居合術、最初に選択した武道の他にも高木に問い合わせてさまざまにチャレンジしてみたのである。
毎日のように朝一番はランニングで始まり、準備運動、その後の2時間が、武道に当てられていた。中でも居合術は真剣を用いた実践訓練であり、後に私にとって何らかの厳しい試練が待ち受けていることが予感された。
通常、剣道は抜刀から相対して試合が行われるのであるが、居合術の意味合いははるかに実践を想定したものだった。居合術の「居」とは居ながらにして、そして、「合う」、すなわち試合をするということだった。私がどんな状況にいようとも、どこからやってくるかわからない相手の動きを察知して、演武を行うわけである。演武といえども真剣を用いるのでかなり緊張し、また集中力も鍛えられた。
そんなある日、ある程度基礎力が高まってきた段階で、その日はバーチャルトレーニングの授業を行うと居合道の先生が告げた。そして、研究室室長の黒田が武道場にやってくると、私を3階の研究室に連れて行った。
研究室まで行くと、併設されている小部屋に案内された。すると、しばらくしてポニーテールの女性研究員が注射器のようなものとそれを入れる容器を運んできた。
「あ、南さん。」と私は思わず記憶をたどって名前を読んだ。
「平田くんとはうまくやってる?」
「あ、はい、よく覚えていて下さいましたね、神様。」
「いや、ここの雰囲気がとても良くて、君たちがとても仲良く仕事をしているのが私には何かほっとするところがあるんだよ。」
「ありがとうございます。」
ほどなく平田もノックをして入ってきた。
「もう、平田くん、遅いってば!」と南は顔をしかめて言った。
「ごめんごめん、ちょっとPCがバグっちゃって。」
「もう、ほんとにドジなんだから。ごめんなさい、神様をお待たせして。ほら、あなたが開発したんでしょ。説明しなさいよ。」
平田はいつものように頭をかきながら、片手に資料を持って説明し始めた。
「実は少し覚悟をお願いすることなのですが、これから目にも見えない微小のAIロボットを、神様の脳内に埋め込むことになります。手術などという大げさなものではなく、耳の少し内部に埋め込むことになります。
身体には何も害がないことは研究でも確かめられておりますので、ご安心ください。また、着脱はセンターとの協議で神様のご希望に出来るだけ沿う形で私が行いますので、それもご心配なきようお願いします。外したいと思われたら、ご遠慮なく言って頂いていいですが、研修中は標準装備となりますのでその点だけはご理解ください。
それでこちらからロボットに電磁波で信号を送れば、ロボットが自分で神経繊維を通って神様の脳に到達し、シナプスを刺激することによってバーチャルな画面を体験できることになります。
この戦闘シーンは、ちょうど映画マトリックスでご覧になったような体験ですね。ロボットの装着が終わり次第、戦闘指導の先生が来られますから、その先生とともに1階の武道場に行ってください。そちらからの合図か、私からの合図で戦闘シミュレーション開始となります。
もちろん、相手となっていただく武道の先生にはすでに装着していただいています。
「失礼します。」と言うと、今度は南が注射器を消毒して、私の耳の奥に当てた。
「少しチクっとしますがほとんど痛みがないので動かないようにお願いします。」
と言うと、針を少し刺した。かすかな刺激があり、装着は1 、2秒も経たずに終わった。
「これで完了です。お疲れ様でした。」と南が言った。
「君たちの方こそ、お疲れ様でしたね。」
と私が言うと
「ありがとうございます。」と2人はしめし合わせたように深々と礼をした。
「もう息ぴったりじゃないか。」と私は冷やかした。いつものように平田が頭をかき、南は平田の方を見て、少し膨れっ面をした。
「まだ先生がこられるまで少し時間があると思いますから、少しコーヒーでもいかがですか?」と南が言った。
「いいね、お願いしようかな。」と私が甘えると、ドアを開けて飛び出して行ったのは平田の方だった。
そして、平田はコーヒーメーカーと豆入った紙袋を持ってサイドテーブルに向かって小走りに走り、用意を始めた。
「いいなぁ、平田くん。優しくて。」
「あ、まぁちょっと頼りないですけどね。」
「いや、あの一生懸命さが私は好きだな。」
「はい、私も。」
「え、今なんて言ったの?」
「いや、その… .」
「よっぽど平田君に惚れているな、君。」
「あ、はい、いえ、あの。」
南は真っ赤になってうつむいた。
「ハハハ、これからも仲良くね、時々喧嘩もするだろうけど。」「
「あ、はい。」
平田がコーヒーを淹れると、3人で研究室の椅子に座って、しみじみとコーヒーを味わった。研修に次ぐ研修で疲れ果てていた私にとって、このような一瞬は宝物のようなものだった。
「平田くん、いつもコーヒーおいしいよ。」と南が言うと、平田は照れながら返した。
「どうしたの、急に優しいじゃん。」
「優しいのは急じゃなくていつもよ。」
3人で心から笑った。すると、急に研究室のドアが開いた。
そこには筋骨隆々でがっしりしたいかにも武闘系らしい戦士のような男が黒の道着を着て立っていた。
つづく
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