第22話 神様としての生き方
レストランでの昼食を終え、私は最初に研修を受けたあの広い会議室に戻っていった。最初のように、前の長机にはセンターの職員がずらっと座り、やや距離をあけて、私の机と坐り心地の良い大きな椅子が置かれてあった。
私が着席すると、中央に座っていたセンター長の平岩が話し始めた。
「それでは、私平岩が神様のあるべき姿について説明申し上げます。神様、いや正式にはまだ神様になっておられないので、失礼ですがこれからは花田さんでいいですか?」
「ええ、いいですよ。」
と私はゆっくりと応答した。
「では花田さんにお尋ねしますが、神社仏閣にいらっしゃった事はありますか、あ、そうか、宗教は、神道とか仏教とかでいいですか?」
私は一瞬戸惑った。自分の宗教ときかれて、そんなにはっきりと答えられる術を私は持っていなかった。いや、ほとんどの日本人がそうかもしれない。
「まぁそうですかね。」
私は適当に答えるしかなかった。
「では、神社へお参りされた時に、神様の前で何かお願い事をされた事はありますか。」
「はい。」
「どんなお願い事をされたことがありますか?」
「まぁそうですね。家族が健康でとか、仕事が順調に行きますようにとか、そんなところでしょうか。」
「それで、神様はそれをどう思われたと思いますか?」
「それはどういうことでしょうか?」
「いや、あなたの願いを聞き入れてくださったと、あなたは思っていますか?」
「いやそんな事はわからないでしょう。まぁ、でも家内も子供もずっと元気で暮らしていましたので、神様はきっと聞いてくださったと信じていますけどね。」
「ではそのことを神社で神様に告げられましたか?」
「え?それはどういうことですか?」
「いや、だから毎日妻も子供も元気でいられるのは、神様のおかげです。ありがとうございます。そうやって感謝の意を告げられましたか?」
「いいえ、あの、それは…」
言われてみれば、確かにそんな感謝の意を神様に告げた事は無い。おそらく妻や子供にもそんな感謝の言葉を口に出して言った事はあったかなぁ、と私は思った。平岩は言った
「神社や宗教施設はね。本当は神様にお願いに行くところじゃないんですよ。」
「え?」
私は耳を疑った。それならなぜ祈祷やお札などと言うものがあるのだろうか?
「神社でご祈祷をされた事はありますか。」
「はい。」
「それは直接されたことも神官に取り次いでしていただいたこともありますよね。」
「ええ。」
「それであなたは健康で家族と平和に過ごされたわけだ。でも、次に神社へお参りしたときに、そのことを神様にご報告なさっていない。」
「あ、一度やニ度は私も神様ありがとうございましたと言ったかなぁ。」
「それで、もしあなたが神様なら満足ですか?いや、あなたは今神様になろうとしているので申し上げているのですがね。」
平岩の言う事は、いちいち筋が通っていた。平岩は続けた。
「では、このようなお話をいたしましょう。あなたは前世で大勢の人を使うようなそういうお立場でしたよね。」
「ええ。」
「で、あなたがその部下からたくさんのお願い事をされたとする。」
「はい。」
「あなたはそれを一つ一つ丁寧に叶えてあげたとします。そしてその部下たちがその結果だけを受け取って、何も感謝の意を述べなかったら、あなたは嬉しいですか。」
私は黙ってしまった。平岩の言葉がストンと心に落ちた。全くその通りだったからだ。
「あのね、神様も人間もwin winの関係じゃないと何事も良い方向には動かないんですよね。神様が何かを人間にしてあげる。そして人間がそれを享受し、感謝する。そのお互いの関係を否定してしまったら、神様がいかに度量を持っていようとも、その努力を発揮する契機を失ってしまうんですよ。
だからね。神社へお参りに行った際には、まず感謝の言葉を述べたほうがいい。お願い事をする人間はごまんといる。でも感謝の言葉を神様にまず言う人ってそんなにいないじゃないですか。確率論から考えると、神様はそういう人から救おうとするんじゃないですか?
神社仏閣ってまず神仏に感謝の意を告げにいくところと考えた方が良くはありませんか。」
私は感謝される立場になろうとしているわけだ、そんな偉大な存在になれるのだろうか、と心の中で不安がよぎった。
ただ、私にはまだ疑問がひとつ残っていた。私はおもむろに平岩を見つめながら言った。
「でも、神様っていうのはもっと心の広い、いや計り知れない度量を持っていなければならないのではないでしょうか。」
「そこですよ。花田さん。本来神様の思いや何もかもは計り知れないものなのですよ。だからね。実はさっき言ったことと矛盾するかもしれないが、神様はお願いだけをするお参りの人々に対しても、別に悪意を感じていらっしゃるわけではない。
しかしね、人間は、神様がお願いを聞いてくれなかったと言って、どうせ神様なんかいらっしゃらない、と言って恨み言を口にするでしょう。そこが大きな間違いなのですよ。」
確かにそこには大きな不条理があった。神様は沢山お願い事をされたからといって、人間を別に恨むわけではない。しかし我々人間はすぐに神様に恨み事を言う。
そんなことを考えていた時だった。あの黒猫がセンターの長机の前をのしのしと歩いてきたのだ。
「よお。」
私を見上げながらシュレネコは低い声で挨拶した。これから何が始まるのだろう、私の期待は高まっていった。
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