第18話 シュレネコのパラレルワールド講義。


 私は、シュレネコに疑問を投げかけた。

「ええ、じゃぁ、観測するかしないかが光の状態を変えるということは人間が物質の状態を変えられるということなのかい?それはおかしいんじゃないか。」

「そういうことなんだよ。だから俺の元飼い主シュレディンガー博士もこれにはずっと反対していたんだ。さらに俺は飼い主の危険な実験の餌食にされるという噂がネコ界隈で走っていた位だ。「シュレディンガーの猫」という言葉でググってみろよ。結果がいっぱい出てくる筈さ。


 まぁこの話は別の機会にしよう、そこでな、アメリカにヒュー・エヴェレットって言う物理学者がいて、コペンハーゲン解釈とは別の解釈を1957年に発表したんだ。ニールス・ボーアは、最初二重スリット実験の結果について、人間側と量子側の二つに分けて世界を考えたんだよ。


 しかし、よく考えてみれば、人間も細かく分ければ、最後は量子の粒になってしまうじゃないか。だから人間側も観測される光の粒の側も同じルールで動いていると言ったんだよ。最初光は粒であると同時に波動でもあると言うことだったろう。すなわちこの世界は異なったものが重なりあっているということなんだ。


 例えば信じられないかも知れねえけどよ、同じ光の粒が同時に違う場所に共存しているとしよう。場所が曖昧だとしたら、粒は入り混じって波になることだってできるよな。でも普通は同じ人間が違う場所にいるなんて考えねーよ。ところが量子の世界ではそういうことが起こるんだよ。


 離れているものが、個別には指定できないって言う状態を「エンタングルメント」、量子もつれっていうんだ。しかしな、この世界が複数あって、それが重なり合っていると考えるとする。観察者1がひとつの世界の中に入って行って、ある光の粒をA地点に見つけ、観察者2が同じ光の粒を別の世界の中でB地点に見つける。これは可能なんだとエベレットは言ったんだよ。これを量子力学のエベレット解釈、多世界解釈っていうんだ。


 すなわち、観測者が自分の意思でパラレルワールドに入り込めるということなんだぜ。だから俺たちは、一瞬一瞬、自分の意思で観測する世界を決めているってことだぜ。こう考えると、人生ってエキサイティングだと思わないか?しかもあなたは、肉体は滅びて意識だけが残っている状態なんだよな。それは生物的な制約や重力による制約からも自由になっているはずなんだよ、だから… 」


 「私が本当に心からそれを悟ったら、全てが自由になるはずだ。空も飛べるんじゃないか。」

「アタリ!」

とネコはうれしそうに叫んだ。

「だからあなたは既にあるレベルの能力を発揮してネコが話すのを聞いているし、外国のネコが日本語で話しているのもこうやって何の不思議もなく聞いているわけさ。


 あなたは鏡で自分の顔映して見たことがあるだろう。きっと最初はびっくりしたよな。自分がいちばん充実していた40歳代位の顔つきになっているはずだよな。しかもこちらへ来て立派なヒゲも生えてきたろう。空も飛べるし、怪我をしても念力をかければ一瞬で治るってことさ。


 ただしそれには強力なメンタルトレーニングが必要だけどな。何せ前世での刷り込みが強すぎて、本当の能力をまだ発揮できてないと思うよ。


 マトリックスって言う映画を見たことがあるかい?」

「あーあの映画面白かったなぁ。」

「あの映画の中で、主人公のネオが仮想空間でトレーニングするシーンがあるよな。仮想空間に慣れているモーフィアスは、高層ビルの間を楽々と飛んでいくのに、ネオはまっさかさまに地上へ落ちてしまう。仮想空間のトレーニングプログラムだから、ネオは死ぬことは無いのに、どうしてもその現実が信じられないんだよ。


 あのね、もっと言うとな、前世にいる人間どもも、社会の刷り込みが強いせいで、本当はもっと自分の選択で能力が発揮できるのに、それを自分で抑制してしまっているんだよ。すぐ言うだろう、私にはできません、て。本当はできるかもしれないのに惜しいことさ。


 あのな、別の言い方をすると自分を信じるって言うことなんだよ。信じるって宗教では一番大切なルールなんじゃないのか。自分を信じきって一瞬一瞬自分にいちばん良い選択をするんだよ。それしかあなたが神様になる道はない。」


 私はこの哲学者のようなシュレネコに正直心を打たれていた。まだわからないことも多かったけれど、過去の経験から言っても自分を信じてチャレンジしていくことは大いに意味があると改めて考えていた。


 「おい、そこの冷蔵庫の中にミルクがあるはずだ。いっぱいしゃべったからよ、喉が渇いちまった。上のカップボードから小皿をとってミルクを入れてくれないか。」


 私はネコが言うとおりにミルクを入れた。皿を置いてやるとシュレ猫はさぞ喉が渇いたと言わんばかりにペロペロと皿をなめて牛乳をすすった。


「にゃーーあ、うめえ。」


普通の猫なんだな。こいつ。私は彼の頭を撫でながらその様子を見守っていた。


つづく

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