第16話  シュレディンガー博士の「シュレネコ」登場。


 私たちは真ん中の大きな階段を使って二階へ降り、また様々な施設を見学した。スーパーコンピューターが並んだ第一データセンター、広い会議場、職員がくつろげるラウンジ、そして二階の中央には巨大な図書館があり、古今東西の書籍が所狭しと書架に収納されていた。職員たちは、まるで前世のように小さなIDカードをスキャンさせて内部へ入っていく。


 所長は言った。

「本日は大変予定が遅くなったので、後の研修は明日の午後にして、今日は宿舎の方でお休みになっていただいたほうがいいですね。」


 高木もうなずいていた。私たちは図書館を最後に一階へ降りて、長い廊下を通って併設の宿舎へ向かった。建物の端のドアを出ると突き当たりにビクトリア様式の重厚で白い三階建ての宿舎があった。3階の中央が私の居室ということで、私は職員たちに別れを告げて高木の後についてその建物に入っていった。三階までエレベーターで上がると、高木は私にキーカードを渡して前のパネルにタッチするように促した。


 私がタッチするとパネルが光り、私たちは難なく中に入っていけた。高木は次の日の予定を私に伝え、用がないのなら失礼する旨を告げた。私は言った。


「高木さん、少し話をしてもいいですか。」

「そうくると思っていましたよ、ずっと職員からの一方的な話が続いていたので。」


と少し笑いながら癒すように言った。


「でもお疲れのようでしたら、明日研修の前に私がここへ来てお話もできますが、明日はね、朝少しゆっくりとしたスタートですから。」


 と高木は私に今後のスケジュール表と夕食のパック詰めを渡しながら言った。


 「ああ、それからこれ、これはあなた専用のスマホです。すでに必要なアプリは入れてありますし、アイコンはわかりやすく配置されていますので、必要な連絡や報告はこれでなさっていただいていいですよ。それとこの前の机の上に置いてあるラップトップのPCはご自由にお使いください。このスマホのここのアイコンをタッチすればパスワードとログインコードが表示されますから、あ、これね。」


「いや、こういうことなんですよ、高木さん。こういうことがこの世でもなぜ存在するのか聞いておきたいんだよ。今日はそんなに疲れているわけでもないし、少し根本的なこの世の仕組みについて聞いておきたいんだよ。」

「分りました。少しこちらへかけてかけましょうか。」


 と高木は広い部屋の窓際に置いてあるふたり掛けのソファーへ誘うと、私たちは対面で座った。前には大きな窓があり、右手前方には先ほどいた白亜の研修センターが輝きに満ちてそびえている。


「まぁどうぞ、何か飲みますか。」


 と高木は中央のミニバーを指差した。小さな洋酒ボトルやグラス、コーヒーカップなどが並んでいる。


「いや今はいい。後で少しコーヒーか何かをいただこうか。」

「それで?ご質問とは?」


 と高木は前かがみになりながら、少し怪訝な顔をしてきいた。


「いやだから、この部屋、あの研修センター、研究室、全てが前世そのままというか、あまり変わらないシステムで動いているんだけど、私にはそれがどうしてなのか未だにわからないのですよ。」

「おっしゃる事はよくわかりました。花田さんは、この世がもっと不思議に満ちた異世界だと思っていらっしゃる、そうですよね。例えば、一面に花が咲き乱れ、その中で白い衣を着た死者たちが神仏に誘われて、草原の中でゆったりくつろいでいるみたいな。」

「そうだよ。その通り。」

「あはははは。」


と高木は大声で笑った


「確かにね、そーゆー世界もございます。」


と高木はなおもうれしそうに言った。

「いいですよね、そういう場所を選ばれた方々は。」

「選ぶ、選ぶってどういうこと?」


 高木は、自分のスマホを取り出し、アイコンをタッチした。


「少しお待ちくださいね。これを説明できる方を今お呼びしていますから。」


 私たちは窓の外に広がる景色と研修センターを眺めながらしばらく待った。そして五分もしただろうか、ドアの下の方をトントンと何かがぶつかる音がした。


「少しお待ちくださいね。」


高木は小走りにドアまで行くと取っ手を中へ引いた。一匹の大きな黒猫が入ってきた。そして私たちが座っているソファーの前まで来ると足を閉じてちょこんと丸くなった。猫は大きく黄金に輝く瞳を持っていた。これを見て私はやっと前世と少し違う光景を目にしていることに気づき始めた。やっと現実感に満ちてきて何か安心している自分がいた。


「やあ。」


と猫は厳かに低い声で言った。あぁやはりここは「あの世」なのだ。初めて安堵感が全身に満ちてきた。


つづく









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