第11話 神様研修センター自慢のレストラン Le Bois



高木は続けて言った。


「ルボアとは、フランス語で森の意味、最初のルは・・・・」

「定冠詞で男性名詞と言うことだ。」

「さすがよくご存じで、やはりフレンチのシェフは違いますな。しかもパリで長年修行なすって…」

「いや私は日本料理の板前、いやただの和食屋のあるじですよ。」

 

 調べは全てついているのだなと改めて思った。


 「花田耕平様、あなた様の後目はちゃんと一番弟子の国弘様が勤めておいでです。しかもあのお店で定期的に様々なイベントなどをなさってフレンチシェフと和食の料理人との交流会なども企画されているとか。」


 私はその言葉を聞いて涙が目に溢れ出て止まらなかった。


「あのクニが…、クニ、クニよ、すまん。」


 私は全身が震えていた。高木は、そっと私の肩に手を置いた。

そして静かに言った。


「まずお座りになっていただけますか。」


 私は自分の状態に気づいて慌てて引かれた椅子に腰を下ろしていた。私の右隣には高木が、左には研究室室長の黒田が、そして正面に所長の平岩が座った。周辺の少し離れたテーブルには他の職員たちが座っている。

 レストランのボーイが「お預かりしましょう。」と言って私が手に持っていた長い笏を受け取った。「ありがとう。」と私は微笑んで笏を渡した。全てがスムーズで完璧なサービスだった。


 メニューが配られ大きめの丸テーブルに丁寧に置かれた。


「所長から昼食のご予約が入っておりますのでとりあえずアフタヌーンティーセットをお持ちしましょう。」


 黒服に蝶ネクタイの気品のあるボーイが言った。「お願いします。」と私が応じると一同はほっとしたような表情を見せた。


 「皆さん。」と私は周囲を見回して言った。


「相当私に気遣いされているご様子ですね。」


 正面に座っていた所長が緊張した面持ちで微笑もうとするような複雑な表情で答えた。


 「それは、やはりミシュラン三つ星のシェフでいらっしゃる花田様を失望させるわけにはいかないですから、相当こちらも考えておるのですが、何ともまだ自信はございません、はっきり言って。」


 予定していたより、だいぶ時間的にスケジュールが延びてしまったことを所長は詫びた。しかしこうなるだろうとわかっていたので、少し分量が多いアフタヌーンティーセットにしたということだった。


 少し経つと厨房服を着た背が高い紳士が挨拶に来た。私は驚きを隠せなかった。


「北川シェフ、どうしてここへ。」


 彼は私の知人で、ミシュラン一つ星のフランス料理店で長年腕を振っていた老練な職人だった。


 「いやあ私も85歳まではあちらの世界にいたのですが、脳の病でこちらに来たのです。この高木さんにここで仕事をするようにスカウトされて来たのですよ。でもさすがに花田さんは格が違いますね。いや、もう花田神様といった方が… 」

「やめてくださいよ。」


 私は両手を前に突出して否定しようとした。


 「アハハハ、でも花田シェフはご存命中からもう神様格でしたから。私はフレンチしか知らないがそちらは和食を極められた上で渡仏され、フレンチもまた極められて和食に取り入れられると言う二刀流。」高木が割って入った。



 「その上、和食の匠が持っているべき教養を全てマスターされている。書道は師範、日展にも入選されるほどの腕前。たしかお品書きにも値段がついて画廊で取引されていましたな。茶道は表千家で師範。そして花道は確か、華やかに飾る京の嵯峨御流とか…」


私は何もかも高木に知らせていることを改めて悟った。


つづく

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