第9話 神様になる不安と決意



 「それは教えてはいただけないのですか?」私がそう言うと、平岩が答えた。「それはこのタイミングでは難しいですね。あなた様が最終テストに合格した段階でお教えしましょう。」


 最終テスト、私はその言葉になおも疑問が浮かんだが、この場ではやめておこうと思った。時間がなおも遅れて研修がどんどん延びる事は双方にとって好ましくないことぐらいはもう充分承知だ。「了解しました。」と私は短く答えた。平岩はドアの前にいた浅見に合図を出した。浅見はマイクに口を近づけると「それではこれで再度休憩に入ります。10分後研修を再開し、本日と以後の日程をお伝えした上で昼食としますので、しばらくおくつろぎください。」と言った。


 前にいた職員たちは一斉に部屋から外へ出て廊下で一息ついているようだった。浅見だけが私の前にやってきてゆっくりとした口調で言った。「疲れていらっしゃいませんか、神様。これからさまざまに大変なことがありますが、きっと乗り切れますから、何か後不安なことが生じてきましたら心おきなく言ってくださいね。」そう言うとにっこり笑って廊下へ出た。私は明らかに浅見に好意を感じているのに気づいた。神様がこんな現世欲があっていい訳はない。

しかし、この胸が締め付けられるような気持ちは現実なのだ。

一体どうしたらいいものなのか。


 私は職員との接触は避けたかったので、ドアとは逆のほうに行き、窓の白いカーテンを開けた。太陽がまぶしくて外の様子が広々と見えた。青々と広がる芝生とその向こうの巨大な樹林。鳥たちが三々五々降り立っては何かを突きそしてまた大空へ飛び去っていく。この世も前世と同じ自然のシステムで動いているのかと私は思った。そして何か自分がとても危険な賭けをしているのではないかと言う不安にも襲われた。でも何かこの賭けに勝てそうな気がする自分もいた。「あれほど大きな賭けを前世でもできたのだから。」と私は思い直していた。


 私の脳裏にはパリの石畳の小径が浮かんでいた。そのなだらかな坂を上ったその先に私のはじめての冒険の地があった。何もかもわからない習慣や風俗、言葉やしきたり、そんな中で飛び込んだあの一軒の店。


 そこまで考えていた時、再び前の扉が開いて、職員たちが帰ってきた。浅見がマイクを握ると再び快い緊張感が走った。もう私は恐れることをやめていた。「それでは再開します。まず本日の残りの日程についてセンター長の平岩がご説明させていただきます。」「それでは、引き続きよろしくお願い申し上げます。」そう言って眉毛が濃く小太りなその男は立ち上がり話し始めた。

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