第4話 神様研修開始

 10分の間私はぼーっと前の席を眺めていた。前の壁には古い大きな白い暖炉が設営されていた。私はその白い囲いをぼう然と眺めながら、ここへ至るまでのあまりに急激な展開について思いを巡らしていた。高木との最初の出会い、運転手のあまりにも所帯染みた会話、ギリシア神殿のような建物、そして最初の会議。全てが嘘くさく、まるで夢を見ているようだった。いったい自分はどうなってしまうのだろう。不安や恐怖と言うよりも興味や関心の方が勝り始めていた。そんなことを考えているうちに10分と言う時間はあっという間に過ぎ、職員たちが大挙して帰ってきた。


 無言で張り詰めた空気が流れている。最初に中央の平岩が席につくと、他の職員たちに座るようにジェスチャーで促した。軽く会釈しながら一人ひとり座席に着いていく。最後に浅見が席に着きドアを閉めた。「さあそれではこれより研修日程を説明させていただきます。」ワイヤレスマイクで浅見がきっぱりと言った。キーーンとという金属音が入って、浅見は傍にあったアンプの音量を調節する。あまりにもをすべてが前世と同じような仕組みで動いていることがなおも不思議だった。


 「あー、あー。」浅見はマイクテストをして大丈夫であることを確認すると、再び話し始めた。「申し訳ありません。それではまず当センターの所長、平岩がこのセンターの概要について説明させていただきます。神様におかれましては、お手元のメモ用紙にできるだけ詳しくメモしていただいて、適宜質問等ありましたら、挙手して頂き、どのようなタイミングでも結構ですので、質問の意思表示をまずお願いいたします。ただし質問が重なりますと研修の日程が遅れて延長ということになりますので、その辺もお含みの上で考慮いただければと思います。」


 いちいち日常的過ぎる風景だったが、ひとつ違うのは、前世では時間の節約のため、質問時間はまとめてどこかで取られるものだった。やはり私が神様なのでできるだけフリーハンドを与えられているのだ。そう思うと少し気が楽になった。

 

 そんなことを考えていると平岩がゆっくりと立ち上がった。浅見は腰をかがめながら 「前を失礼します。」と言って通り抜け、机の前でマイクを平岩に渡した。平岩はトントンとマイクを叩いてテストをしてからおもむろに話し始めた。「当神様研修センターへようこそお越しいただきました。改めまして、当センターでセンター長を務める平岩敬語でございます。以後お見知りおきいただきいただいて、よろしくお願いいたします。」


 ありきたりの挨拶だった。このセンターにも様々な問題や矛盾や職員のしがらみがあり、みんなそこで苦労していることが窺われた。これじゃ前世と何も変わりはしない。あの運転手の男、名前なんだっけ、彼も仕事で疲れて帰ってきて、妻の手料理にほっとする毎日なのだろう。前世で死後の世界がこんなにありきたりのものだと分からないようにしてあることに納得していた。思わず、笑いが込み上げて来て、私はやっとそれを噛み殺していた。


 「当研修センターは設立30周年記念を迎えるわけですが、この間多数の才能ある神様を各地方の神社仏閣に送り出してきました。」私は思わず挙手していた。「すみません、冒頭からつまらない質問かもしれませんが、神様は神社へ送り出されるのは分かるのですが、仏閣がどうして出てくるのですか。」「大変良いご質問ですね。さすが神様です。」と平岩は微笑んでいた。「神様は神仏習合とか本地垂迹とか言う用語を聞かれた事はありませんか?」「えー、あります。」私は高校生時代、歴史の授業がとても好きだった。大学は経済学部に途中までいたが、高校の頃は政治経済より日本史や世界史の方が好きだった。模擬試験や実力テストではいつもクラスの最高得点をたたき出したものだ。


「神仏習合と言うのは、大陸から日本に仏教が伝来してきたときに、日本の神道との融合を図るために考え出されたとても日本らしい調和を重んじる方法です。」と平岩は、まるで歴史の教師が生徒に語りかけるようにゆっくりと話し始めた。

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