一番主人公っぽいヤツは誰だ選手権

バリ茶

主人公は誰でしょうか




『──少し前にね、地球侵略をしにやってきた宇宙人が『ゲームをしよう』と言い出したんだ。


 宇宙人はとてつもない力を持っていたけど、ただ地球を自分のモノにするだけじゃつまらないんだって。

 だから彼はこう言ったんだ。

 ゲームをクリアした人間には、ワタシの持っている能力、兵器、知識のすべてを授けよう、と。

 そして侵略はやめるんだってね。


 クリアできなければ、地球の負け。

 クリアできたなら、勝ち抜いたその人間の一人勝ち。


 世界征服やらなにやら、そんな野望を抱いて挑むもよし。

 地球を救うために、清き志をもって英雄として立ち上がるもよし。

 ただし、未来を好きに動かせるのはクリアできたその人間だけ。


 人々に選ばれた者──この星の危機という壮大な物語にふさわしいだけ。……らしいよ』







 ここは太平洋のど真ん中。

 ひとりの宇宙人が一瞬で出現させた、ゲーム用の広大な大地が広がる孤島。

 この場所に集まった百人のプレイヤーたちは、これより宇宙人が開催するゲーム、その本戦へと出場するためにやってきた人間たちだ。

 不安そうに周囲を見渡す者。

 仲間と一緒に浮かれた話をする者。

 そして覚悟の決まった表情で主催者からの案内を待つ者。

 

 十人十色なこの百人は、世界各地で開催された予選を勝ち抜いてきた猛者たちなのだ──と、彼らの姿を生中継で全国へ発信している番組のアナウンサーが、神妙な面持ちで解説する。

 しかし猛者という言葉には少々語弊があるかもしれない。

 このゲームの予選は参加者の実力だけでなく、完全に運で選ばれた者や勝ち上がった者なども混ざっているからである。

 予選の試合内容はバラバラで、スポーツ大会のように身体能力を駆使して戦うものもあれば、椅子に腰を落ち着けて様々な遊戯でぶつかり合うもの、また何もすることなく抽選のみで終わるものなど様々だった。

 覚悟をもって臨んでいる者もいれば、偶然勝ち残ってしまった者、遊び感覚で参加できてしまった者などまさに多種多様な人間たちがこの孤島に集結しているのだ。

 

「──ねぇねぇ、お姉さん!」


 孤島の端。

 選ばれた百人が待機している海岸付近の浜辺にて。

 かれこれ一時間以上なんの案内もなく、暇を持て余した若い三人組のうちの一人が、近くにいた長い黒髪の女に声をかけた。


「……なに」

「うっわ素っ気ない返事! なんなの緊張してんの?」

「……はぁ。あなた達こそ緊張感が無さすぎるんじゃないかしら」


 明らかに拒絶の意志が込められた目で睨みつけられているにもかかわらず、若い男三人衆は怯むことなく彼女に食って掛かる。

 女は持ち前の身体能力で名だたる猛者を退けて勝ち上がってきたプロアスリート、反してこの三人はジャンケンでこの孤島への切符を手に入れた人間だ。

 ゲームに対しての意識の差は違って当然と言える。


「そんないい加減な態度じゃしてもらえないわよ?」

「だいじょぶだいじょぶ! 俺たち実力で魅せるタイプだからさ! なっ!」

「そーそー。他の奴らと違って? 最初から三人以上のグループ組んでるのも俺らだけだし、お姉さんも早めに仲間になっといた方がいいよ」

「……ま、考えとくわね」


 以降、しつこい三人を無視してその場を離れた女は、ふと自分の腕に巻き付けてある機械に目を落とした。

 それは液晶型の腕時計のようで、画面には”0”とだけ表示されている。


「まだ投票開始の時間ではないですよ、レディ」


 背後から声が聞こえた。

 女が振り返ると、そこにはスーツに身を包んだハット帽子の壮年が立っている。


「ご忠告どうも、実はアタシ心配性でして」

「これは失礼。そう身構えなくとも、私は何もいたしませんよ」

「……紳士ってキャラのつもりなのかしら。損な役回りになりそうですねあなた」

「ハハ、これは手厳しい。……しかし、あなたも今はらしさが欠けていると見える」

「強い女が主役の物語だって山ほどありますよ。あの有名なゾンビ映画をご存じない?」


 周囲から見てもわかるほどに険悪な雰囲気だが、なにもコレはこの壮年と女アスリートに限った話ではない。

 この孤島に集められた半数以上の人間が、他の参加者に対して心を閉ざしている。

 それは別の参加者に個性キャラを喰われないようにするためだ。


 宇宙人が始めたこのゲームにはとあるシステムが導入されている。


 名を『主人公応援システム』といい、幼い子供が考えたようなネーミングであるコレこそが参加者たちの生死を左右していると言っても過言ではないシステムであった。

 応援の投票権は世界中のほぼ全ての人々に一人一つずつ配布されており、毎日午前九時と午後九時の一日二回投票タイミングがある。

 自分が『主人公に相応しい』と思った人間に投票することができ、応援するキャラクターは途中で変更できるため、午前九時と午後九時の段階で投票先が変わることもままあることが予測される。


 この投票数によって、参加者たちへの配布アイテムの質や腕時計による身体能力向上効果の度合いが決まってくる。

 主人公として応援されている人間はより攻略しやすく、投票数の少ないサブキャラクターたちはただでさえ難しいゲームをほぼサポートなしで進んでいくことになるのだ。

 自己アピールはもちろんのこと、応援する側の人間がどのような主人公を求めているのか、誰なら投票してもいいと妥協できるのかも大切になってくる。


 どうせ世界は終わりだとヤケになって投票しない者もいれば、ヒーロー然とした人物に希望を見出して応援する者、はたまたこの状況を楽しんで妙な人物に票を入れる人間や他のひとに唆されて特定の人物にだけ肩入れしたりと──想いと策略が交差し世界はまさに混沌としていた。


「……やっぱ個性的な奴らが多いな」


 ひとりの学生服の少年が海岸付近のベンチに座りながら参加者たちを眺めてそのキャラ性を吟味している。

 彼は一般的な男子高校生で、種目がほとんど運で決まってくる予選を勝ち抜いた豪運の持ち主だ。

 そんな自分の過去を思い返して彼はとある確信を得ていた。


(まぁ、どうやら僕には主人公補正があるみたいだし。どんな奴らが来ようと関係ないけど)


 自分はこの物語の主人公なのだ──という確信である。

 それが真実なのか思い違いなのかは神のみぞ知ると言ったところか。


「やぁ少年、また会ったね」

「あ、ロリっ娘」


 そんな彼に声をかけたのは以前の予選で一時的に手を組んだ、ブカブカの白衣を身にまとった金髪の子供だった。

 彼女は生まれながらにして天才的な頭脳を持っており、大学を飛び級して自分の研究所まで持っているまさに二次元から飛び出してきたような人物だ。ちなみに歳は二十五なので実は子供ではない。


「こら、お姉さんだぞ。もっと敬いたまえよ」

「はいはい……」


 隣同士で座るこの二人の思いも、やはりすれ違っていた。

 研究所持ちの天才は少年のことを今回も共に戦う一時的な仲間として認識している反面、当の男子高校生は頭の中が漫画やアニメの知識で埋め尽くされているため現実的な思考ができていなかった。


(こういうデスゲームものの主人公は大抵僕くらいの高校生だ。別にロリコンってワケじゃないけど、この人かわいいしヒロインとしては全然ありだし、守ってやってもいいか)

(何か気色悪い笑みを浮かべてるけど……まぁいい。このてんっっさい的な頭脳の代償に身体能力が低い私だが、この子にカバーさせれば何の問題もない。借りもあることだししばらくは仲間でいられるだろう)


 お互いにまったく相手を信頼してはいない凸凹コンビの近くには未だに険悪な雰囲気で悪口を言い合っている女アスリートとスーツの男。

 自分勝手に動く若い衆三人や思い思いに参加者たちとコミュニケーションを取る人々などを眺めながら、少し離れた海岸付近の岩場で佇む少女が一人。


「……主人公が誰かなんて、どうでもいいのに」


 海のような群青色の髪をたたえた少女はひとりそう呟く。

 彼女はボードゲームや戦略シミュレーションなど知力を巡らせて戦う予選を勝ち上がった猛者だ。

 先ほどの金髪合法ロリのような天才的発想こそできないものの、常に冷静沈着で瞬時の判断力や思考の速度がとても早い。

 そしてこの発言も策略のウチのひとつだ。


「そういったことに無頓着な方が主役っぽく見える、ってやつか?」

「……アンタは」


 後ろから彼女に声をかけたのは大柄で丸坊主な筋肉質の男だ。

 その顔や肉体の節々には古傷ような跡が多数見受けられる。


「この島に設置してあるカメラだけじゃなく、上を見上げりゃ撮影用のドローンで溢れてやがる。目立つ場所、かつ烏合の衆から抜け出して一人でクールな物言いとかしてりゃ主役に見えなくもないよな」

「映画の見過ぎ。ウチはそんなことに興味ないし」

「……ま、キャラの体裁を保つのも大事か。意地悪してわるかったよ」


 おどけたように肩をすくめる男と対峙した少女は分かりやすく彼を睨みつけた。

 青い少女の真意を見透かしたような振る舞いをするこの男は元海兵隊の殺人歴持ちだ。

 そんなゴツい巨漢を前にしても怯まない彼女は何者なのか。

 

「アンタとは長い付き合いになりそう。……邪魔しなければたまには協力してあげる」

「そりゃいいな、腕っぷしの強いやつが必要なときゃあ言ってくれよ。お互い穏便に利用し合おうぜ嬢ちゃん? ……最後まで、な」

「……そうだね」

 

 それ以上言葉を交わすことはなく二人は散り散りになる。

 カメラドローンを操作している番組スタッフは他の場面を求めて機械を飛び回らせた。

 そうして個の強い人間がひしめき合う状況を撮影する最中──ついにゲームが始まる。

 海岸の上空に出現した大型パネルにマイクを持った人間が映し出されたのだ。


『どうもみなさん! このたび宇宙人さんに雇われた実況解説役のマイケルです! どうやら皆さんに配布した自動翻訳機も正常に作動しているようですね、さっそく仲を深められているご様子でなによりです!』


 嬉々として案内を始めるマイケルという男を前に参加者たちは各々違った反応を示す。


「こんの裏切者ーっ! 直接出てきなさいよこらー!」

「ひ、光ちゃん落ちついて……っ」


 既に人類を裏切って宇宙人側に付いているようにしか見えないマイケルを目にして、ぷんすこ憤慨するツインテールの少女とそれを宥めるおとなしげな学生服の少女。

 他にも怒りや文句を垂れる参加者は多数いるがマイケルは意に介さずゲームの進行と説明を行っていく。


 分かりやすく言えばデスゲーム。

 開催期間に限りはなく、プレイヤーがクリアするか全員ゲームオーバーになるまで終わらない。

 そんな参加者たちに世界の運命がかけられていることを自覚させる、もしくは闘争心を煽るような前説を語ったマイケルの姿は一旦消え、第一ゲームの開始が一時間後とすぐに分かるタイマーが表示された。


 プレイヤーたちは身構え、心を落ち着ける。

 どんなゲームが始まるかは事前の説明で理解したが、それでもさっそくが出そうな内容だということは誰もが分かりきっていた。

 自分か、協力者か、赤の他人か。

 誰が死ぬかも分からないが、みんなが求める主人公ならだれを助けるのか。

 それとも誰も助けないクールなキャラが好まれるのか。

 これ以降の身の振り方をそれぞれが考える中、カウントダウンの数字は刻一刻とその数を減らしていくのだった。


「よーし、サクッと世界を救っちゃうわよ!」

「う、うんっ、光ちゃん!」


 善意と勇気で戦おうとする者。


「祖国のためにも……世界を終わらせたりなんかしないんだから」

「愛国心の固まりですね、レディ」

「うっさいです。それより序盤は」

「協力、ですよね。分かっておりますとも」


 利害の一致で共闘をする者。


「いくぞトッシー、ケンくん!」

「無双だぜ!」

「俺たちの伝説が始まる」


 バカ。


「ロリ姉さん、その機械なに?」

「配布された腕時計を少し改造してみたのさ。というかその変な呼び方するくらいならロリっ娘でいいよ……」

「お、見ろよ嬢ちゃん、あいつらアイテムの改造してるぞ」

「警告を受けてないなら別にいいんでしょ。オッサンは逆にアイテム壊しそうで心配だけど」

「てめぇ!」


 凸凹コンビや案外相性が悪くなさそうな二人組など、意外にも単独行動の危険性に気づいてかチームを組むものが多い。

 しかしクリアをして世界を掌握できる力を手に入れられるのは、この百人の中のたった一人だけである。


『そう、はたった一人──皆さんの中のたった一人です!』




『では、ゲームを始めましょうッ!』














【主人公っぽいやつ、現時点では誰だと思う?】

【俺は青髪女とデカ男とか応援してるやで】

【洋画のバディっぽさありますねぇ!】

【草】

【時代は花音と光ちゃんのどたばた百合コンビなんだよな】

【百合豚】

【主人公面して一人で頑張ってる陰キャくんもいるんですよ!】

【僕が世界を救うんだー!!っとか言ってたけど仲間の女NTRされてから明らかに萎えてましたね……】

【チャラ男三人衆しぶとい】

【あいつら普通に面倒見の良い陽キャだとおもふ(主人公かって言われると)んまぁそう……よく分かんなかったです】

【ワイは好き】

【俺も】

【私も!(緊急同調)】

【このスレは比較的平和だけどツイッターとかは地獄みたいだね】

【宗教戦争とか政治みたいになってるよなアレ】

【まぁ世界が終わるかどうかって瀬戸際だし、危ないキャラ応援してるやつを糾弾したい気持ちは分からなくはない 俺は参加しないけど】

【改めて主人公っぽいやつは誰? って聞かれても正直ピンと来ないんだよな。活躍してるやつが多すぎて】

【参加者の百人マジでどいつもこいつも漫画のキャラみてぇに我が強い】

【ツィッターの連中も今起きてる現実をこういう漫画みたいな見方するワイたちを許せないんやろなぁ……】

【許せないんやろなぁ……(激寒)】

【おちつけ】

【そもそもゲーム本選が百人って多くね?】


 




「──にい」



 隣から声をかけられて、俺はようやくスマホから意識を切り離した。


「お兄ってば」

「……っ。ぁ、あぁ」

「何見てんの? エロサイト?」

「んなわけねーだろ……」



 正午。

 過疎地と言ってもいいような廃れた町の街道を走るバスの中。

 高校の校長が狂ったように『救世主を応援しましょう!』と全校生徒に演説していたバカらしい全校集会が終わり、世界の終わりも近いということで少々無法気味になっているウチの学校は午前中に授業が終了した。

 今はこのませた一歳下の妹と下校している途中だ。


霧香きりかのクラスは授業どうだったんだ?」

「あーいかわらず。先生もみんなもやる気ないし、ずっと休み時間ってかんじ。お兄のクラスは?」

「同じだよ、学年問わず全部。アイツらもまだ学校に来てるだけマシだけど」


 くだらない言葉ばかりが羅列されているスマホをポケットにしまい、窓に肘をついて殺風景な畑を眺めながら返事をする。

 宇宙人のゲームが始まってからは世界もなんだかおかしくなっていて、昨日はかかりつけの病院の先生が俺の妹である霧香に今回の事の発端を楽しそうに語っていた。


『ただし、未来を好きに動かせるのはクリアできたその人間だけ。人々に選ばれた者──この星の危機という壮大な物語にふさわしい主人公だけ。……らしいよ? ふひひっ』


 良い人だったのだが。

 こんな片田舎でも熱心に妹のサポートをしてくれていた医師だったけれど、ヒトっていうのは案外簡単に壊れてしまうものらしい。

 危険な香りがするあの小さな病院へ赴くことはもう無いだろうが、まだ正常な大人が残っている学校には通おうと思っている。

 ずっと家にいるよりは俺も妹も安全だ。クソ田舎でも最近は不審者が多い。


「あ、バス停見えてきたよ」

「んっ」


 下車する場所へバスが止まり、俺は荷物をまとめて立ち上がる。

 すると運転席の方から小太りの運転手がやってきて、妹が座っている車椅子の車輪をいじり始めた。

 俺はそんな彼に──普通の大人に声をかける。


「いつもすみません、田中さん」

「ありがとうございます!」

「はは、気にしないでよ」


 この柔和な笑顔で車内から車椅子を外している男性の名は田中さん。

 二年前からこの登下校で毎回お世話になっている頼れるバス運転手さんだ。


「よし……っと。大丈夫かい、霧香ちゃん」

「バッチリです~」

「よかった。それじゃあ霧香ちゃん、春人くん、気をつけて帰ってね」

「はい……田中さんもお気をつけて」


 車椅子を運び出してくれた田中さんは手を振りながらバスの中へと戻っていき、間もなく出発してバス停から離れていった。

 こんな世の中になっても頼れる大人がいることはとても恵まれている事だと思う。

 非番の日などはたまに映画にも連れて行ってくれるし、本当に良くしてくれているご近所さんだ。

 両親のいない俺たちを気遣っての事なのだろうがその好意は純粋にうれしい。


「帰るか」

「うんっ」


 霧香の車椅子を押して俺たちもバス停から出発する。

 ここから入り組んだ住宅街を進んでいけば十分もしないうちに家につく。

 いつも通りの帰り道だ。


「ねぇねぇお兄、今日の夜ご飯は?」

「何も買い物してねえし……うどんはあるな。あとはオムライスとかなら作るけど」

「じゃあ後者で。お兄のオムライスはお母さんのやつの次にウマいので」

「……ふっ、俺の腕はもう母さんを超えている」

「むむっ、大口叩いたな! 帰ったら見せてもらうぞ、その実力~」


 いつものように、適当に。

 軽口をたたきながら夕飯のメニューを決めて俺たちは帰路につく。

 

 ──二年前、俺たちは交通事故で両親を亡くした。

 原因は相手の信号無視だったが、当の相手本人は既にこの世にはいない。

 運よく生き残った俺たち兄妹は誰を恨むこともできないまま、祖母が残した田舎の家へと移っていった。

 面倒なことはすべて叔父がやってくれたが、海外を飛び回る仕事をしているため実質的には二人暮らしの状態。

 事故で下半身不随になった妹を世話しつつ、霧香の持ち前の明るさに助けられながら、どうにかこうにか生きている。

 仕送りの量も寂しいもので金にも余裕はなく節約の日々だが、俺には妹の霧香がいればそれだけで十分だった。

 いなくなった両親の代わりに俺が霧香を守るんだ──と、そう心に誓ったのはどれほど前の事だったか。


 家族を奪った無情なリアルを、もっとふざけた現実が塗りつぶしてきたのだ。


「……ねぇお兄?」

「どした」

「世界、終わっちゃうのかなぁ」


 悲観的な声じゃない。

 ふと浮かんだ疑問を聞くかのように、ただ普通の声音で問うてきた。


「……大丈夫だよ。参加者の人たちだって頑張ってるし、まだ一人もリタイアしてないんだぞ? あんなゲーム楽勝だって」

「そうかな。……うーん、そうかぁ」

「おぉ、そうそう」


 おどけたように少しだけ車椅子を揺らすと、霧香は小さく笑ってくれた。

 宇宙人のあのゲームの生中継──俺たち二人はいつも家でそれを見ているが、参加者の彼らが少々停滞している事には俺も霧香も気がついていた。

 負けてはいないが勝ってもいない。

 有利ではないし、どちらかといえば手詰まり。

 無論一番ヒーロー然としている人への応援投票をやめるつもりはないが、今は投票数がばらけていて『主人公』と呼べるような強い中心的な存在はあの参加者たちの中には──


「そいえばお兄も予選は参加したんだっけ?」


 っ。


「……おう。まぁアスリートみたいなクッソ足早い女の人に負けて落ちたけどな」

「やーいザコ~♪ よわよわお兄~♡」

「このガキっ」

「きゃー! ゆらさないでぇ!」


 えらそうなことは言えない。

 俺もゲームには参加したが今の会話の通りただの負け犬だ。

 勝ち上がってあの本選に出場した彼らは間違いなく俺なんかよりも強いのだ。

 任せるしかない。

 そう思うしかない。


 事故のショックから頑張って立ち直ってまた明るい性格に戻れた霧香を、これからまた人並みの幸せを取り戻していくはずだった霧香の未来を、あの宇宙人は奪いに来やがった。

 本当にふざけた話だ。

 宇宙人がどんな顔なのかは知らないが思い切り殴り飛ばしてやりたかった。

 けどそれは叶わず、自分の手で霧香を守るという誓いはことごとく砕け散ってしまった。

 他力本願。

 俺は自分の妹の未来を赤の他人に頼ることでしか守れない、情けない男にしかなれなかったのだ。


「……はぁ」


 こういう存在の事を、物語では”モブ”って言うんだろうな。




「──そこのあなた」




 突然、後ろから声をかけられた。

 足を止めて振り返ると、中学生くらいの白髪の少女が立っていた。

 格好はブレザーの学生服のようだが両手には何やら大きな箱を抱えている。


「……は、はい?」


 返事を返すと少女は首を横に振った。


「あなたではありません。そちらの車椅子の少女です」

「え、私?」


 頷いた白髪の少女は大きな箱を抱えたままこちらへと近づき、霧香の前で立ち止まる。

 腰を折ってかがみ、彼女は妹にその大きな箱を差し出してきた。


「あなたは予選には参加していませんね」

「はぇ……そ、そうですけど」

「こちらのクジをお引きください。ゲームへの参加資格は全人類に等しく存在します」

「……当たれば本選に参加できるってことか?」


 不思議な少女にそう問うとこれまたちいさく頷いた。

 ドッキリかイタズラか、はたまた本当に宇宙人が派遣したゲーム側の人間なのか。

 ほとんど真に受けていない霧香が箱の中へ手を伸ばし、中から取り出したのは赤色の紙だった。


「──おや、お見事。当たりです。本選特別出場おめでとうございます」

「……えっ?」


 あまりにもあっけなくそう言う少女の言葉に、俺と妹は面喰ってしまった。







「──って、ことだから! 頼む!」


 

 あれから三十分程度経過して。

 俺は必死に謎の少女こと『三号』という名の彼女を説得し続けていた。


「……ふむ。それならば仕方がありません」

「じゃあ!」

「はい。あくまで参加権があるのは加賀谷霧香様ですが、そのサポートとして加賀谷春人さまの参加を認めます」


 というわけで俺は霧香の騎士としてなんとか本選への参加資格を得ることができたのだった。


「お兄……いいの?」

「何言ってんだ、お前を一人に出来るわけないだろ」

「ひゅおぉ……兄からの愛情を感じるぅ……」


 大げさにむせび泣いている妹は置いといて、俺は再び三号と向き合う。


「注意事項を説明いたします。後入り参加のエクストラ・プレイヤーである霧香様は特殊な支援やアイテムを受け取ることが可能ですが、あくまで付属品である春人さまは投票システムにも組み込まれないため、あらゆる面においてサポートを受けることができません」

「……あぁ、分かってる」


 選ばれたのは妹であって俺じゃない。

 そしてプレイヤーが受けられる基本的なサポートすらないということは、この身一つでゲームを上手く立ち回らないといけないということだ。


 だが、正直ハンデが何だって構わない。

 霧香は先ほど『チャンスがあるならそれに賭けたい』と言ったのだ。

 だったら俺はそのチャンスを最大限サポートする裏方に徹するまでだ。

 あのとき──あの事故の日に俺が死ななかったのは、きっとこうして霧香を支える日が訪れるからだったんだろう。

 妹を守れという両親の願いがきっと俺を生かしてくれたんだ。

 だから俺は戦う。

 世界のためじゃなく、他の誰でもなく妹が生きていく明日を掴み取るために。


「よーしお兄、一緒に変な宇宙人をやっつけちゃお!」


 霧香はやる気満々だ。

 先ほど三号から機能性を重要視した車椅子をプレゼントされることを知って、自分も戦えると喜んでいるのだろう。

 エクストラ・プレイヤーとはいえ何だかサポートが手厚いような気がするが、そこにどんな思惑があろうとも全部利用しつくしてゲームをクリアしてやる。

 掴んだチャンスは絶対に離さないのが加賀谷家の家訓だ。今考えた。


「あぁ」


 後入り参加でオマケに俺には投票機能がない──そうなればなんかにはなれないんだろう。

 だがそんなのは知ったことじゃない。

 たとえサブだろうとモブだろうと意地ってモンがあるのだ。

 主人公らしくなくたって構わない。

 俺たちは俺たちの在り方で戦う。


「迎えのヘリが到着しました。参りましょう」



 そんなこんなで俺たち兄妹はレースに飛び入り参加を果たしたのであった。

 これはまだ何者でもない俺が数多の“主人公”たちと競い合い、そして“主人公”として世界を救うまでの物語だ。

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一番主人公っぽいヤツは誰だ選手権 バリ茶 @kamenraida

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