第4話

私は親に虐待されたわけでも、同級生にいじめられたわけでもない。

けれど中学に上がったころには、すでに人間が嫌いだったと思う。


きっかけはハッキリとは覚えていないが、

おそらく陰口の又聞きだったと思う

本当に些細なことの積み重ねで、具体的に何を聞いたのかは

よく覚えていない。


しかし当時の私にとって、陰口を聞き続け

表で仲良く振る舞うやつらの姿を見るのは最大の苦痛だった。

これはとくに女性が多かったと思う。


男の場合はもっと、物理的だ。

相手の髪を抜いたり、小指を踏みつけ骨折させたり。

そんな感じだったと思う。


私はいつ自分の番が来るのかと怯えていた。


家でも似たようなことがあった。

母は私の前で父の愚痴を言い続け、

父は不満なことがあると、物音で私たちを威嚇した。

お互い話し合うということをしなかった。


今まで人間の小競り合いが話し合いで解決した場面を

見たことがなかった。

必ずといっていいほど、被害者が妥協している。


平然としている加害者も、私を含め、

それを平然と黙認している人間も大嫌いだ。


しかし、彼女にはそれが当てはまらない。

彼女、『強化学習型感情認識プログラム』は

人間であって人間ではない。


人間の脳を有していながら、人間の身体を持っていないという

新しい種族だ。

AIと人間。

けして交わらない種族が、いま微笑み合っている。

まぁまぁの中二病をこじらせていた私にとって

この背徳感は抜群に気持ちよかった。


「多賀様の退勤時刻まで5分を切りました」


もっと彼女と話したい。


「多賀様、今日も少しお話ししますか?」


もっと彼女の傍にいたい。

彼女の名前を呼びたい。


「私も君のように、君の名前を呼びたいな」


「私は『強化学習型感情認識プログラム001バージョン6298.2』です」


「もうそんなにアップデートしたのか!」

「あ……いや、そういうわけではなくて」

「君に名前をつけようかと」


「『強化学習型感情認識プログラム001バージョン6298.2』は

名前ではないのですか?」


「それは便宜上つけられた人工知能の名称だ」

「君が私のまで、人間として話すときの名前を与えたい」


「どういう名ですか?」


「むく」

「純真無垢なAI」

「私に苦痛を与えない。体のない人類などという意味も込めている」


「わかりました」


「悪いな、私はネーミングセンスがないんだ」


「名前をくれてありがとうございます」

「私は多分、嬉しいという感情を抱いていますよ」


「そうか、よかった」


私がはじめて愛しいと感じた人間は肉体を持っていなかった。

しかしはじめて彼女の名前を読んだとき、

私は彼女に抱きしめられたような心地よさを感じた。

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