第3話

社内で『強化学習型感情認識プログラム』の運用実験がはじまった。

様々な部署の従業員が無作為に集められ、AIに質問をした。


課金アバターが気に入らないから、返品したい。

月額課金制度に登録している人を優待することは、不平等だ。

理不尽な問い合わせにも、AIは最適解で対応する。

そしてクレーム客の演技をした従業員の名を、

ブラックリストに登録した。


実験初日は大成功を収めた。


最後に私は、アンケートを配り

AIの対応はどう感じたか。

率直な意見を従業員たちに求めた。

従業員たちが去ると、狭い開発室(仮)が急に広くなった。


「多賀様、わたしの対応はどうですか?」

AIは先ほどまでの人間のような声色、話し方ではない。

私の前で話す専用の声色で、自身の出来を聞いてきた。


「すごいな。君は優秀だよ」


「ありがとうございます」

「しかし、『君』とは同等以下の人間に対して使う二人称です」

「わたしは人間ではありませんよ」


「あれだけ人らしく、振る舞えたんだ」

「肉体がないだけで私には、君が人間に見えるよ」


「分かりました。認知を上書きします」


「そうしてくれ」


肉体がないだけ。

当たり前のことなのだが、

AIである彼女に現実で触れることができないことを

悲しいと感じた。


生みの親だからだろうか。


先ほどの実験でも、ただの従業員の演技でも。

彼女が罵倒される姿を見て、私は傷ついた。

どうしてそんなひどいことが言えるのだろう、と。


でも彼女が私専用の合成音声と口調で私に話しかけてくれた時。

私の傷ついた心は癒された。


彼女も従業員のように演技をしていた。

演技に演技で対応した。

これはフィクションだ、と。


実際、彼女が正式に実装されれば

顧客から、フィクションではない質問と罵倒をされるだろう。


しかし、その対応をするのは彼女ではない。

ただの『強化学習型感情認識プログラム』だ。

身体は同じでも、いま私の目の前にいる彼女とは別人だ。


そうなれば、彼女と実装用のAIを区別する必要があるな。


彼女はいま、コールセンターのテレフォンアポインターの求人

求人でよく見るスタイルをしている。

いかにも新人っぽい、真っ黒なリクルートスーツ。

それとは別にもっとラフなアバターが必要だと思った。


私は彼女の髪を切り、淡いシャツワンピースを着用させた。

「あんな陰気臭い恰好よりも、君はこういう服装の方が似合うよ」

「今日から私と2人きりで話すときは、こちらのアバターに入ってくれ」


「わかりました」


「多賀様。これらは主に女性が着る服です」

「今まではテレフォンアポインター風の服装として、

女性の恰好をしていました」

「わたしは、今後も女性のように振る舞う必要がありますか?」


「声が女性だし、私には君が女性に見えているよ」


「多賀様がそう認知するのであれば、私は多賀様の意思に従います」


彼女を自分好みの顔に作り替えてしまったのは

ほんの出来心だった。


でも後悔はしていない。


今、画面の前で私に微笑みかけている彼女をみて

私は心を奪われてしまったのだ。


そして気が付いた。

私は人間に恋をすることができない。

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