第218話 呪術を与えた者



 師匠の背中から、なにかが生えている。それは比喩でもなんでもなく、私の目にちゃんと映っている。


 背中から……黒いものが、生えている。それはまるで腕のよう……そう、まるで私の右肩から生える、呪術の黒い腕のようだ。ようだっていうか、それと同じものなんじゃないか?


 一見、背中からはまるで翼でも生えているかのよう。でも違う。


 両肩から腕が生えているように、師匠の背中からは両側から、それぞれ黒いもの……腕が、生えている。その先が手の形をしているし、腕であることには間違いないだろう。


 ……まさかこの状況で、相手も呪術を使えるなんて……



「さっき私に、呪術に手を染めるとは、なんて言っておきながら……」



 私の右肩から生えた呪術の腕は、あの腕に斬られたのだろう。切断できるほど、鋭く強力だってことだ。


 斬られた、とは言っても、これは腕の形を模しただけのもの……以前、『剣星』グレゴの父親であるグラジニにもこの腕を斬られたことはあるが、それはこの右肩に近い生え際の部分。


 だけど今回は、手首の部分。斬られても呪術自体に、影響は少ないはずだ。多分。



「あぁ、まぁ、細かいことは気にするな……」



 細かいこと……ね。ま、それに対してどうのこうの言うつもりはないから、別にいいんだけどね。


 問題は、師匠は元々呪術を使えたのか、そうでないのか、だ。ただ、これは考えるまでもない……おそらく、というか絶対と言ってもいい。生前の師匠は、呪術を使えなかっただろう。


 実は使えたけど隠してた……その線は、極めて低い。そもそも呪術なんかを使えるイメージがないし、使えたとしても隠さず話すだろう。


 それがどんな力であろうと、仲間が死ぬような場面で隠しておくほどのものではない。たとえどんな力であろうと、力があるならば使っただろう。


 ならば、これは……生き返った後に、得た力。死んで生き返ったら呪術が使えるのか、それとも生き返らせた奴が呪術の力を与えたのか……


 後者だとしたら……その可能性が高いけど……もし、そうだとしたら……



「呪術、与える……」



 その二つの要素が、ある一つの可能性を感じさせる。以前、ユーデリアの故郷である氷狼の村を襲った、謎の男たち。何者かに与えられた呪術の炎を使い、暴れていた連中だ。


 その、男たちに呪術の力を与えた何者かと、被る。師匠を生き返らせた何者かが、師匠に呪術を与えたのだとしたら……


 この、二つの人物は、同一のものじゃあ……?



「ま、あとで考えるか」



 今は、謎解きよりも目の前のことに集中しろ。ただでさえ化け物みたいな男が、新たな力を出してきた。それも、呪術という未だ未知な部分が多いものを。


 しかも、それは私から生えているものと同じではあろうが、その威力は単純に二倍だろう。私のは一本、師匠のは二本。しかも、こっちのは殺傷力からして負けている可能性も高い。


 その上、私のは私の意志が効かない。勝手に動くだけだ。だけど師匠のは、多分だけど師匠の意思通りに動かせる。自分の意思で出したように見えたし、あの手首を斬ったのだって同じ理屈だろう。


 つまり、力は同じでも圧倒的な差があるってことだ。ただでさえ、自力にも大きな差があるのに、この付属品にまで差があるとは。


 ……それこそ、考えても仕方ないことだけど。



「さあアンズ、さっきのお返しをして、やらないとなぁ!」



 その言葉を発した直後、師匠の背中から生えた二本の腕は、それぞれ動きを開始する。私に向かって、勢いよく伸びてきたのだ。


 それに反応してか、私の右肩から生えた呪術は、伸びてくる呪術へと迫っていく。迎え撃たなきゃ、という私の意思に従ったというよりも、単に別の呪術に反応したと見た方が、いいだろう。


 まあいい。なんにせよ、迎え撃つために動いた。……が、相手は二本でこっちは一本。さっき斬られた手首部分はいつの間にか復活している、とはいえ……



「……やっぱり……!」



 一本の腕で二本の腕を止めることは、難しい。こちらの一本の腕は、向こうの一本の腕に止められる。そうなると、余ったもう一本が、こっちに向かってくるわけで!


 腕の形を模してるだけなら、別の形を取って迎え撃ってくれたらいいのに……と、思っても仕方ないか。



「せいや!」



 迫る呪術の腕に、回し蹴りを放つ。硬い……自在に動くから、てっきりゴムみたいな柔らかさだと思ってたんだけど、思ってたより硬いな。そういえば、自分の肩から生えている呪術の腕の硬さとか、知らないな。触ったこともない、キモいし。


 ……硬い。とはいえ、こちらの攻撃が通らないわけじゃあない。


 蹴り飛ばし、続いて掌底打ちを放つ、掌を広げ、気を溜めてから腕を突き出す技だ。実際に気、というのは気合いというのに近いとは思うけど。


 掌底打ちを受けた腕は、すでによれよれの状態になっている。いくら呪術っていう不気味な力でも、こんな腕一本、どうということはない。


 ってことは、私のあの呪術も、実際は大したことがないのかも……



 ガンッ!



「やっ、ぱりね……!」



 呪術の黒い腕に注意を引いておいて、本人が別のところから攻撃を仕掛けてくる……誰でもやりそうなことだ。


 今の攻防の間に迫ってきて、拳を振り下ろしてきた師匠のそれを……受け止める。



「さすがの反射神経だな……!」


「くっ……」



 とはいえ……やはり一撃が、重い。しかも……ユーデリアに折られたはずの右手が、なんか復活してる!


 手の部分が、黒い……まさか、呪術の力で、なくなった手首から先を作ったっていうのか。

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