第217話 目的はなんだ



 私の右肩から生えた右腕じゅじゅつが、振り下ろされた拳を受け止める。相変わらず、私の意思に反して出てくるな……


 だけどまあ、このタイミングは悪くない。もっとも、呪術なんかに助けられた気がして、あまりいい気はしないけど……それも、今さらか。



「ぬっ……これ、は……!」



 振り下ろしたはずの拳を受け止められた師匠は、驚愕に目を見開く。さて、果たして呪術(これ)が見えているのか、いないのか。


 この呪術は、他の人には見えたり見えなかったり、曖昧な部分が多い。ユーデリアには見えないし、かと思えば行く先々で見える人にも会う。


 見えない、不可視の腕……そう思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。



「これは……呪術、か……!」



 ……どうやら師匠には、見えるらしい。それもこれを呪術と、一目で見抜いた。呪術のことも、知っていたのか。


 それとも、師匠を生き返らせた何者かから、知識を得たか。師匠なら、呪術のことを元々知っていても、不思議はない……


 ……いや、そもそも私が知らなかっただけで、大抵の人は知っていたのかもしれないな。呪術って存在を。



「アンズ、まさか呪術にまで手を染めるとは……」


「手を染めるってか、勝手に出てきただけなんだけど……!」



 エリシアの魔力の源を食べたことが原因とはいえ、そこに私の意思は存在していなかった。知らないうちに、魔法も呪術もこの体に宿っていた。


 呪術に手を染める、か……やはり、これは相当悪いもんらしい。



「ぐ、ぬぬ……おぉ!」



 あの師匠が、押しきれていない。どころか、呪術の黒い手は受け止めている師匠を押し返していく。


 ……今、師匠は呪術に集中しきっている。なら……



「これでも、くらえ!」


「むっ!」



 地面の砂をわしづかみ、それを師匠の目元へとぶん投げる。いわゆる目潰しってやつだ。


 普段の師匠であれば、いや並以上の力を持つ者であれば、こんな目潰しなど通用するはずもない。だけど今、相手の注意力はよそへいっている。


 結果的に、目潰しは成功し……



「ぬぅ!」



 師匠の集中力が乱れたその一瞬の隙を狙い、呪術の黒い手が師匠を押し返し、後退させていく。さらに素早く懐に潜り込むと、首を締め上げていく。



「ぐ、ぬ……」



 細い腕なんかじゃ、あの男の太い首を締め上げることはできない。けど、呪術の黒い手ならばそれは可能だ。これは手の形を模したなにか……大きさも自在に変えられる。


 首を締め上げ、空中へと持ち上げていく。あの体を持ち上げるなんて、凄まじい力だ……


 師匠は、じたばた暴れているが、固く掴まれているのか呪術はびくともしない。



「かっ……く、そ……!」


「はぁ、はぁ……」



 師匠は動けないが、私もこれまでのダメージや、今だってまるで、なにかに力を吸い取られているような気がしている。


 もしかしたら、呪術の影響で、力が吸い取られているような感覚になっているのかも、しれない。けど……今はそんなこと、どうでもいい。



「さあ……死ぬ前に答えて、もらうよ。あんたを生き返らせた奴の、ことについて」


「ぐっ……」



 この男を、師匠を、死んだ人間を……生き返らせた存在。それは、何者か。


 死んだ人間を生き返らせるなんて、この世界では『禁術』というらしい。どんな方法かはわからないにせよ、『禁術』なんて呼ばれるからには方法があるってことだ。


 別に、その方法を聞き出したいとか、そういうことではない。ただ、誰がなんのために……そんなことを、したのか。


 ただ生き返らせたいだけなら、こうして私を殺しにこさせたこと自体が疑問だ。生き返らせるというだけの目的なら、生き返らせたあとに一緒に静かに暮らせばいい。


 私を殺しに、何者かが送り込んだ……そう考えるのが、まあ自然だろう。そう考えると、その何者かは私のことを邪魔に思っているってことだ。


 でなければ、わざわざ『剛腕』と呼ばれたターベルト・フランクニルを生き返らせたりはしないだろう。その何者かが、ターベルトが私の師匠だと知っていたのかは、わからないけど。



「さあ、答えて。それとも、このまま首をへし折られたい?」


「がっ、ぐ……!」


「あなたなら、まだ口くらいは動かせるでしょ」



 このまま首をへし折られたい、か……そうは言ったけど、この呪術は私の意思なんか全然尊重してくれない。勝手気ままな、困った存在だ。


 だから、私の意思で首をへし折るとか、解放するってことができない。いわばこれは、呪術がいつ首をへし折るかもわからない、時間制限つきの問いかけ。それに、気づいてなければいいんだけど。


 でないと、本当に情報を聞き出す前に、殺してしまう……



「は、は……ずいぶん、余裕、じゃあな、いか……アンズ……」


「なにを言って……余裕もなにも、今のあなたは……」


「呪術を使えるのが……お前だけだと、思ったのか?」



 ザクッ……!



「なっ……」



 なにやら意味深な言葉を告げた直後、呪術を掴み上げていた呪術が、切断される。手首の部分から真っ二つにされ、師匠を解放してしまう。


 なにが、起きたのか……それは、よくわからない。ただ、わかることがある。それは……



「なに……あれ……?」



 解放され地面に着地した師匠の背中から……なにやら黒いものが、両側から生えていた。まるで、背中から腕でも、生えているかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る