第216話 死者との攻防



 魔王との直接対決にて、師匠は命を失った。『終拳おわりのこぶし』。自身の肉体を、いや賭けて打つ秘技。肉体を鍛えに鍛え、極めに極めた者だけが使えるという、最強にして最期の拳。


 それにより、師匠は命を落とし、肉体をも残さない壮絶な最期を迎えた。それは、直接見た私とグレゴ、エリシア……そしてそれを伝えたウィルなど、一部の人間以外しか知らないことだ。


 サシェやボルゴとは違い、死体も残っていなかったため、作ったお墓の下にはなにもない。もしも死体があれば、それを使って生き返らせる、なんてこともできるだろう。


 だけど、師匠の死体は……ない。死体がない人物を、どうやって生き返らせたというのか。訳が、わからない。


 それを考えても、答えは出ないだろう。生き返らせた張本人に、答えを聞かない限り。



「アンズ、なかなか言うようになったじゃないか。あの頃は師匠師匠と、呼んでくれて純粋でかわいかったのに」


「もう、あの頃とは違うからね……私も、あなたも」



 死んで、生き返った師匠は、一見生前と変わっていないように思える。それどころか、本当は死んでいないのではないか、とすら感じてしまう。


 目の前で、師匠は確かに死んだ。肉体は砂のように崩れ、それは風となって消えていった。まさかその状態で死んでないなんてことは、ないだろう。


 生き返らせるなんて、不可能だと思える。ならばこの師匠は偽物か? それも、ない。ないだろうではない……ない。これは、本物だ。


 死んでいるのが生き返って、それが本物だと言ってしまっていいのかはわからないけど……とにかく、この師匠はあの時一緒に旅をして、死んだ師匠だ。間違いはない。



「あの時とは違う、か……確かに、そうだな。お前はこんなことをする奴じゃなかった」


「師匠こそ、そんなに血も涙もない性格じゃなかったよ」


「こんなことをした理由を、答えてはくれないんだろう?」


「あなたに指示を出してる人間に、わざわざ教えてあげる必要もないからね」



 師匠を生き返らせた何者かが、なんで私の行動目的を知りたがっているのかは知らない。単なる興味本意なのか、他に理由があるのか。


 ま、私も別に隠す必要はないんだけどね。なんか、むざむざ教えてやるのは癪だ。



「そうか、なら仕方ないな。殺してしまう前に話してくれることを、祈ろうか!」



 言って、師匠はその場から飛びかかってくる。その体からは、殺気がビンビン放たれている……これは、いよいよ本気だ!


 逆に言えば、今まで本気ではなかったってことだ。なんか悔しい……けど、そうも言ってられないか。



「死なないよ、私は……こんなところで!」



 何度目かの、拳がぶつかり合う。ただでさえ体の大きい師匠が助走を乗せた分、その衝撃が加えられる。ただ迎え撃つ形の私より、勢いは凄まじい。


 もう、自分の体の中がぼろぼろになっているのを、感じる。痛い、苦しい……それでも!



「負け、るかぁ!」


「ぬっ……」



 私は、自分の目的ふくしゅうのためにいろんな人を、グレゴを、エリシアを、ウィルを……殺してきた。


 たくさんの人を、殺してきた。たくさんの人を殺して、今こうしている。私はもう止まらない、止まれない。


 それを、どこの誰ともわからない奴に生き返らせられた死者に、阻まれるわけにはいかない!



「お、りゃあああ!」



 渾身の力を持って、拳を押し返す。確かに、この男は凄まじい力だ……生前の師匠そのものだし、師匠が死んだ事実さえ知らなければ、そもそも死者が生き返ったなんて考えもしない。


 だけど……ここにいるのは間違いなく死者で。いくら強大だろうと、死者なんかに負けて、たまるか!



「んんぅえい!」


「ぅおぉ!?」



 真正面からの力のぶつかり合い……それを私は、ついに押し勝つ。力の限りを、いやそれ以上のものを出し、挑んだ。


 打ち合っている、師匠の拳が……皮膚が、剥がれていく。



「ぐ、ぅ……!」



 その事実に、師匠は目を見開き、後退……しかし、その一瞬が大きな隙となる。そんなこと、考えなくてもわかるだろうに。


 動揺したのか、好都合……!



「もう、一発!」



 後退したのと同時、私は詰め寄る。そして、今度は拳を下から、アッパーの要領で振り上げる。


 拳は師匠の顎へとヒットし、その体をわずかに浮き上がらせる。



「ぬぅ、えい!」



 浮き上がったその体に、お次は回し蹴り。かかとが、師匠の硬い体にめり込んでいく……吹き飛ばせこそしないが、確かな手応え、いや足応えがある。


 しかし、師匠もやられてばかりではない。回し蹴りを受けてその場に踏ん張り、私の足を掴む。持ち上げられ、振り回され……地面へと、激突。



「ぅぐ、ぅ……!」



 頭から叩きつけられ、なにかが切れた感覚。痛みは感じない。アドレナリンドバドバだから、一時的にでも痛みを感じなくなっているのか……?


 続いて、師匠の拳が顔めがけて振り下ろされる。さすがにこれをもろに受ければ顔がつぶれると感じ、手でガード。重い一撃が振り落とされた。


 続いて、二擊目。これも手でガードするが、続いて三擊、四擊と振り落とされれば、力が入らなくなってくる。完全に、マウントをとられた……!


 片腕だけじゃ、振り下ろされる両腕を完全に防ぎきることはできない。



「沈め、アンズ!」



 殴る度に力が増していくように感じ、力の込められた拳が、振り下ろされる。


 それを、掴む……黒い、手が。



「ぬっ……?」


「また、出た……」



 振り下ろされる拳、それを受け止めたのは……私の右肩から生えた、呪術の黒い手であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る