第215話 生き返らせた何者か



 師匠の横っ面へと、拳を思いきり叩き込む。主観でなく客観的に、岩をも砕く一撃だ。


 そのまま、力を込めて……勢いを乗せたまま、その大きな体を、地面へと、叩きつける!



「ぬぅう!」



 ガゴンッ!



「ぐ、ぅっ……!」



 力の限りを込めれば、一回りは大きい師匠の体だって、吹っ飛ばすことができる。


 大きな体が地面に沈み、地面には亀裂が走る。いっそこのまま、地面の下に埋めてしまった方がいいかのかもと思ったけど、それは現実的ではないか。


 とにかく、今は師匠が起き上がるまでの、わずかな時間で……もうここでとどめをさすくらいの勢いで、ダメージを与えてしまえ!



「ぅえい!」


「ぐぅっ!?」



 うつ伏せの状態から起き上がろうとする師匠の背中へ、かかと落としをおみまいする。ボキィ、と骨が折れる音が耳に届くが、それに躊躇して攻撃の手を緩めることは、しない!


 続いて、膝打ち。呻く師匠の声を聞きつつ、隙を与えないよう、肘打ちをおみまいする。



「ふん、ぐっ……」



 こっちに正面が向いている状態なら、喉とか急所を、狙うことができたんだけど……言っていても、仕方ないか!


 身体中が痛い、特にさっき何度も殴られ蹴られた腹部辺りが、とんでもなく痛い。気を抜いたら、気を失ってしまいそうだ。


 耐えろ……あとで、どうなってもいい。だけど今、こちらが少しでも隙を見せたら、終わりだ!



「はぁああああ!」



 左手拳を、何度も背中に浴びせていく。片腕しかないとはいえ、もうこの状態になってそれなりに長い。片腕のみは不便だと最初こそ感じていたが、今でこそ特に不便はない。


 片腕のみの連打だって、両腕があるのとほぼ同じ勢いで、絶え間なく打ち込むことができる。



「消え、ろぉおお!」



 この師匠が、本当に生き返ったんだとして……どうやったのかはわからないけど、死体もない状態から、復活したんだとして。


 それらが本当だとして。この男は、もう私の知ってる師匠じゃない。師匠は死んだし、あの頃の師匠とは違う!


 ……いや、違うか。変わったのは、私もだ。



「本当に強いな、アンズ……だが、そんなもんじゃ俺は殺せない」



 ドゴッ……!



 拳が背中に打ち付けられ、衝撃が周囲に伝わる。背中から地面に向けて衝撃が突き抜け、地面に大きなクレーターが生まれる。


 もう、体が粉々になってもおかしくないほどの一撃。これまでのダメージも蓄積されている。動けるはずがない。


 ……そのはず、なのに……



「くっ……?」



 打ち込んだ背中は硬く、硬く、硬い。


 もう動けもしないはずの師匠は、勢いよく体を起こし……私は、飛び退く。



「なかなか効いたぞ、アンズー」



 正面をこちらに向けると……口からは血が流れ、さらに体からも血が流れている。内側からのダメージもあるのだろう、とても平気とは思えない。


 思えないのに……なんであんなに、元気なんだ?



「まさか、本当にゾンビなんじゃあ……」



 ゾンビならば、疲れてもどれだけダメージを負っても、動けなくなっても動き続ける。というイメージがある。


 これではまるで、その知識の中の……



「その力を、どうしてもっと有効に使わないのか……いや、どうしてこんなことに使ったのか」



 嘆くような、師匠の声。こんな力、私の元いた世界ではもちろん、平和になったこの世界ですら役には立たない。


 強大すぎる力は、もて余せば負担でしかない。



「あんたには、関係ない……」


「話してくれないかアンズ。お前じゃ俺は倒せない。ならせめて、その胸のうちを吐き出して、楽にならないか」



 ……楽、に、か。確かに、私は私が元いた世界に戻ってからなにがあって、どうしてこんなことをするに至ったか、話したのはユーデリアだけだ。コアにも、会話はできないけど話した。


 敵対する相手に話すはずもないし、仮に話したところで、八つ当たりに近いこの行動を許容してくれる人なんて、おそらくどこにもいないだろう。


 ……たとえ、師匠でも。



「話すことで楽になれるぞ? お前だって、ただ暴れたいからこんなことをしているわけじゃないんだろ?」



 私では師匠は倒せない……その余裕か。いきなり、私が暴れる理由を教えろ、なんて……


 ……なんでそんなこと、言うんだ。師匠なら、今こんなことは言わない。再会してすぐにでも、戦いの途中だって理由を聞き出そうとするはずだ。それを、自分が有利になったから聞こうだなんて。


 ……師匠らしく、ない。



「なあアンズ、話を……」


「もしかして、あんたを復活させた奴の指示? 私が、いや元『英雄』がなんで人殺しなんてやってるか。なんであちこちで暴れてるのか。その理由を、聞き出せって指示でも受けた?」


「……」



 ……口が、止まる。師匠の口が、動かなくなる。それは、私の言葉が的を射ていたから、なのだろうか。


 師匠を生き返らせたのが何者かだとして。私の目的を知りたいと思っているのだとしたら。師匠の圧倒的な力を前に、私が行動の理由を話してしまうことを期待してるんだとしたら。



「悪いね。絶対に話す気はない。あんたも、あんたの裏にいる奴も……絶対に、殺してやるから」



 今の師匠の言動からも……その何者かと、リアルタイムで繋がっている理由は、高い。


 なら、そいつを引きずり出してやる!

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