第107話 悪戦苦闘(中編)


---三人称視点---



 帝国領東部の都市ハージャロック。

 そこを防衛線として、帝国軍のラング将軍が率いる第三軍は、

 重装歩兵や騎士ナイトなどの堅い職業ジョブで、

 強固な防御陣を敷きながら、連合軍主力部隊の進撃を食い止める。


「このエスベル河から先には敵を進ませるな。

 仮に敵に防御陣を突破されたとしても、

 河に架かる橋は必ず爆破するのだ。

 これは帝国の命運を掛けた戦いである。

 だから卿等も帝国軍人としての矜持を見せろ!」


 ラング将軍は防衛陣の最前線に立ちながら、

 周囲を鼓舞するようにそう叫んだ。

 だが思いの他、味方の士気は低い。


 彼の直属部隊の『帝国鉄騎兵団ていこくてっきへいだん』の兵士達は、

 司令官の言葉に素直に従っているが、

 直属部隊でない兵士達は厭戦気分に浸っていた。


「ふん、俺達は言うならば捨て石。

 こんな状態で帝国の為に戦えだと?

 ふざけるんじゃねえよ」


「全くだ、とはいえ今更脱走出来る訳でもない。

 ならばここは周囲の様子を探りながら、

 生き残る術を探ろうぜ。 最悪の場合は敵に投降すればいい」


「それもそうだな……」


 ラング自身、この状況にある種の覚悟を決めていた。

 恐らくオレはこの戦いで死ぬであろう。

 それは恐らく避けられない道。


 とはいえ投降するつもりはさらさらない。

 ならばラングが選ぶ道はただ一つ。

 盛大に派手な戦いをした上で戦死する。


 とはいえそれは最後に選ぶべき選択肢。

 またラングは部下達にそれに付き合わせるつもりもなかった。

 彼は直情型の性格に思われがちだが、

 短絡的な考えの持ち主ではなかった。


 少なくとも自分のエゴの為に、

 部下達を無駄死にさせるつもりはなかった。

 だから今は自分の役割を果たすべく、

 最前線で陣頭指揮を執りながら、

 連合軍の最前線部隊を相手に果敢に戦う。


「――クロス・スパイクッ!!


「ぎ、ぎゃあああぁっ!!」


「何人でもかかって来るが良い。

 喰らえっ、ヘッド・クラッシュゥッ!!


「ぐっ……ぐあああぁっっ!!」


 ラングは漆黒の戦斧で数々の斧スキルを駆使して、 

 周囲の連合軍の兵士達を暴力的に打ち倒して行く。


「弱い、弱い、弱すぎる!

 連合軍の兵士など物の数ではないわ!」


「よし、ラング将軍の後に続くぞ!」


 ラングの副官スパイアーも戦斧を両手に

 握りながら、周囲の部下達と共に最前線で戦う。

 司令官自らが最前線で戦うという事自体珍しいが、

 ラングの異様な暴力性と攻撃性を前にして、

 連合軍の兵士達も気押されて、及び腰になった。


「どうやら例のラング将軍が殿部隊を務めているようだな。

 単純な接近戦で奴と争うのは愚策。

 中列に魔導師部隊を置いて、魔法攻撃で敵を蹴散らすのだ」


 後衛の本陣に陣取るラミネス王太子が

 副官のレオ・ブラッカーにそう指示を出す。


「了解致しました。

 魔導師部隊に戦乙女ヴァルキュリア殿とその盟友も加えますか?」


 副官の言葉にラミネス王太子がしばし沈思黙考する。

 合理性だけ考えれば、副官の言うとおりにすべきだ。

 とはいえあまり戦乙女ヴァルキュリア達ばかりに

 負担を背負わすのも良策とは言えない。


 勿論、最終的には彼女達の力を借りることになるだろう。

 でも彼女等を投入するのは、勝負の決め手にすべきだ。

 そう結論達したラミネス王太子は、

 副官の進言をやんわりと退けた。


「現時点ではまだ戦乙女ヴァルキュリア殿を

 前線に投入するのは時期尚早であろう。

 どのみち最後には彼女等に働いてもらうが、

 あまり彼女達を酷使するのも考え物だ。

 だから現時点では彼女等は使わぬ」


「……了解致しました。

 では各部隊から魔導師部隊を集めて作戦を実行します」


「嗚呼……」


 その後、連合軍は中列に魔導師部隊を配置して、

 ラングが陣取る敵の最前線目掛けて様々な魔法攻撃を放ったが、

 皇帝の直属部隊の魔導師部隊が仲間を護るべく、

 相手の属性に合わせた対魔結界を張る。

 あるいは絶妙なタイミングでレジストを発動させていく。


「……敵の魔導師部隊の動きが思いの他良いな」


 と、ラミネス王太子。


「ええ、あれはりすぐりの魔導師部隊でしょう。

 どうやら敵も馬鹿ではないようです。

 こちらの攻撃や戦術を読んでいるようです」


 と、副官レオ・ブラッカーが淡々と述べる。


「まあ敵としても防衛線を突破されたら、

 自国民を巻き込んだ戦いになるからな。

 ナバールとしてもその状況は極力避けたいであろう」


「とはいえ下手に相手に付き合って、 

 無駄な消耗をする必要もないと思われます。

 王太子殿下、ここはエルフ族の部隊を頼ってみてはどうでしょうか?」


「成る程、あのお転婆姫の力を借りようと言いたいのだな?」


「……端的に言えばそうです」


「……そうだな、とりあえず援軍要請をしてみるか」


「ええ、では伝令兵を出します」


「嗚呼……」


 二十分後。

 派遣した伝令兵がこの場に戻って来て、

 床几に腰掛ける王太子の前で片膝をつく。


「伝令を申し上げます。

 第四軍の騎士団長エルネス殿は――

 『王女陛下を派遣をお望みならば、

 第三軍からも護衛部隊及び魔導師部隊を派兵せよ。

 また王女殿下の身に危険が訪れたのであれば、

 総司令官殿の判断より、王女陛下のお命とお身体の安全を優先する。

 ……これらの条件を承諾して頂けたら、

 王女陛下とその護衛部隊の派遣に応じます、との事であります」


「……」


「王太子殿下、どうなさいますか?」


「ブラッカー、少し静かにしてくれ。

 私も少しばかり考えをまとめる必要がある」


「了解です」


「……」


 エルネスの団長の要求は納得がいく内容であった。

 相手は仮にもエルフ族の第二王女。

 その彼女の身の安全を最優先させるのは当然の権利と云えよう。


 ならばここは向こうの要求に従うべきだ。

 そしてグレイス王女が疲弊したら、

 リーファ殿とその盟友を前線に押し出す。


 まあ手柄を横取りする形になると、 

 エルフ族を怒らせる事になるから、

 リーファ殿とその盟友の前線投入のタイミングが重要になるな。

 だが我ながら悪い手ではないと思う。

 そう決意を固めたラミネス王太子が凜とした声で叫ぶ。


「分かった、エルネス団長の要求には素直に従おう。

 我が軍から護衛部隊と魔導師部隊を派遣する。

 その事をエルネス団長に伝えてくれっ!!」


「御意」


 そして伝令兵は駿馬を走らせて、エルネス団長の許に向かった。

 王太子の対応に納得したエルネス団長は、

 周囲の部下達に大声で告げた。


「これよりグレイス王女を中心とした精鋭部隊を

 編成して、敵の殿部隊に魔法を中心とした遠隔攻撃で

 戦いを挑む、卿等にはグレイス王女を護りつつ、

 敵の殿部隊を壊滅すべく、全力を持って戦ってもらう!」


「!?」


 エルネス団長の言葉に周囲の部下達は固唾を呑んだ。

 そんな中で一番の重要人物となるグレイス王女は、

 微笑を浮かべて、大きな声で周囲に言い放った。


「いいでしょう、この任務引き受けてみせるわ!

 皆、これは我々エストラーダ王国及びエルフ族の

 威信をかけた任務となるわ。 私一人では無理。

 だからお願い、私に皆を力を貸して頂戴!!」


「……」


 一瞬固まる周囲のエルフ族の兵士達。

 だが数秒も経つと、熱気と覇気に満ちた表情で王女の言葉に呼応する。


「うおおおっ!!」


「グレイス王女殿下、我々も共に戦います!!」


「この身に掛けて王女陛下をお護りします!!」


 その熱気は瞬く間に周囲に伝染した。

 そしてグレイス王女は白馬に跨がり、

 右手に持った聖剣レミザーブを頭上に掲げた。


「さあ、ならば善は急げよ。

 馬に乗れる者は馬に乗って頂戴。

 私が先陣を切るから、皆ついてきて!!」


「おおっ!!」


 そしてグレイス王女の周囲に護衛部隊である騎兵隊が

 集まり、王女が白馬を走らせるタイミングに合わせながら

 周囲の兵士達も馬を走らせて、敵陣へ向かった。

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