第108話 悪戦苦闘(後編)


---三人称視点---



「よし、敵の姿が見えたわ。

 皆、サポートの方を宜しく頼むわよ!」


「了解です、王女殿下!」


 グレイス王女は敵部隊を視界に入れるなり、

 勇ましい声で周囲の者達にそう指示を出す。

 それと同時に周囲の騎兵隊がグレイス王女から少し離れた。

 

 勿論何かあればすぐにグレイス王女を助けられる陣形は取っていた。

 彼女は高レベルの上級職ハイクラス、更には勇者ブレイバー

 彼女個人の戦闘力だけで数百人の相手が務まる。

 だがそれは周囲の仲間のサポートがあっての話。


 いくら資質や職業ジョブのレベルが高くても、

 単独行動ではやれる事は限られてくる。

 グレイス自身その事をわきまえながら、

 この場ではどう動くべきか、数秒ほど考え込んだ。


 ――打ち込む魔法は電撃魔法にすべきね。

 ――恐らく最初の一発はある程度決まる筈。

 ――でも二度目以降は通じない可能性が高いわ。


 ――ならば最初の一撃で全力を出すべきか。

 ――それは止めておいた方がいいわね。

 ――長期戦になる可能性も充分考えられるわ。

 ――でもそれなりの強さで一発かましてやるわ!


 グレイスは頭上に左手をかざし、掌を大きく開いた。

 それから右手で印を結んで、呪文の詠唱を開始した。


「我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンよ!

 我は大地に祈りを捧げる。 母なる大地よ、我が願いを叶えたまえ!」 


 グレイスがそう呪文を紡ぐなり、

 グレイスの左腕に強力な魔力を帯びた雷光が生じる。 

 そしてグレイスは滑らか声で更に呪文を唱えた。


「そして天の覇者、雷帝よ! 我が身を雷帝に捧ぐ! 

 偉大なる雷帝よ。 我に力を与えたまえ!」


 そこからグレイスは左腕を力強く引き絞った。

 攻撃する座標地点は、前方の敵殿部隊の中心部に狙いを定めた。

 そしてグレイスは左手を前方に突き出して、大声で叫んだ。


「――稲妻エクレール!!」


 次の瞬間、グレイスの左手の平から雷光が迸った。

 目の眩むような光と共に放たれた雷光が敵の殿部隊に迫った。


「な、何だ、アレはっ!?」


「アレは電撃魔法よ。 皆、対魔結界を張るのよ。

 とりあえず属性は何でもいいわ! ――ダーク・ウォール」


「わ、分かった! ――アース・ウォール!!」


「ハアァァァッ、フレイム・ウォール」


 皇帝直属部隊の魔導師達が瞬時に対魔結界を張った。

 放たれた雷光が対魔結界に命中。

 すると耳朶に響く轟音と爆音が周囲に鳴り響いた。


「防げて……はないわね!

 皆、怪我人に回復魔法を!!」


「だ、駄目だ! そんな余裕はない! ――ダーク・ウォール!」


「とんでもない一撃だ、だがこれで終わりとは限らない。

 我々、魔導師部隊は次の第二波に備えるのだ!!」


「……分かったわ」


 対魔結界を張った魔導師部隊は何とか無事であったが、

 攻撃の座標点となった周辺では、

 雷光によって焼き尽くされた帝国兵の屍が積み上げられていた。


「どうやら完全には防ぎきれなかったようね。

 ならばもう一撃食らわせてあげるわ。

 我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! ――トルトニス!!」 


 グレイスが再び呪文をとなると、前方に雷鳴が響き渡った。

 だが皇帝直属部隊の魔導師達は今度は慌てなかった。


「慌てないで対魔結界を張るのよ。 ――ダーク・ウォールッ!!」


「嗚呼っ! ――ダーク・ウォールッ!!」


「了解したっ! ――アース・ウォールッ!!」


 すると皇帝直属部隊の魔導師達の周囲に漆黒の壁や土の壁が生み出された。

 グレイスが放った雷光をその漆黒の壁や土の壁が呑み込んだ。 

 それと共に周囲に激しい爆音が鳴り響き、爆風が巻き起こった。


「王女殿下、やりましたか」


「エルネス団長、どうやら綺麗に防がれたようね」


 グレイスはそう言って、軽く唇を噛みしめた。

 電撃属性の魔法攻撃はレアだが、

 相手も皇帝直属部隊の魔導師達。 

 同じ手が何度も通用する相手ではなかった。


 だがグレイスも困惑する事なく次の手を打つ。

 グレイスは白馬から華麗に飛び降りて、

 聖剣レミザーブを握った右腕を後ろに引き絞った。 

 それから錐揉きりもみするように聖剣レミザーブを回転させた。


「――ライトニング・スティンガー!!」


 そこでグレイスは神帝級しんていきゅう剣技ソード・スキルを放った

 聖剣レミザーブの切っ先から、目映いビーム状の光線を放ち、

 前方の敵集団目掛けて渾身の一撃を繰り出した。


「ヤバいわ、アレは神帝級の剣技ソード・スキルよ!」


「み、皆、今すぐ横へ飛ぶんだっ!!」


「それじゃ間に合わないわよ。 

 私が対魔結界を張るわ! ハイルローガンに集う水の精霊よ。 

 我に力を与えたまえ! 『アクア・フォートレス』ッ!!」


 すると皇帝直属部隊の女性魔導師リーンの前方に、

 長方形型の大きな水壁が生み出された。


 うねりを生じたビーム状の光線が鋭く横回転しながら、

 神速の速さで大気を裂く。 

 前方に居たラング将軍の直属部隊は、

 完全に不意を突かれた形で、そのビーム状の光線をまともに受けた。


「ば、馬鹿なっ……あああ……ああああああっ!!」


「ああああああァァァッっ!!


 この世の終わりのような断末魔をあげる副官スパイアー。

 ビーム状の光線は暴力的に渦巻きながら、

 副官スパイアーの漆黒の甲冑の腹部を貫いた。


 副官スパイアーの腹部に大きな空洞が生まれ、

 貫通したビーム状の光線は、勢いが止まる事無く、

 周囲の部下達も巻き込んだ。 至近距離でこの衝撃波を受けた者は、

 副官のように胸部や腹部を貫通されて、

 大きな空洞が生じると共に彼等を死の世界へと導いた。


「ラング将軍! こちらに来てください!」


「わ、わかった!」


 迫り来るビーム状の光線を背にして、

 ラング将軍がリーン達の許に駆け寄る。

 回りこむようにリーンの生み出した水壁の中に入り込むラング将軍。


「ま、待ってくれ! 俺達も助けて……ぎゃあああっっっ!!」


 逃げ遅れた者を容赦なく、その暴力的な回転で抉り取るビーム状の光線。

 ある者は右腕を吹き飛ばされ、ある者は首が吹っ飛ばされる。

 即死できた者はある意味幸せだろう。 

 こういう時、死に損なうと後が地獄である。


 息をつく間もなく、ビーム状の光線が長方形型の水壁に衝突する。

 力と力が、魔力と魔力が透明の障壁の前で激しくせめぎ合う。

 光線は激しい振動を引き起こすが、水壁に阻まれる。


 じゅわ、じゅわ、じゅわ。 水壁が湯気をあげながら光線を包み込む。

 するとビーム状の光線は次第に勢いを失い、そのまま消え失せた。


「ふう。 何とか上手く防げたわね。 

 ……いやそうでもないか」


 リーンがそう言いながら前方に視線を向ける。 

 釣られてラング将軍も前を向くが凄惨な光景に思わず、

 ごくりと生唾を飲んだ。 死屍累々。 

 まさにその言葉が相応しい惨状だった。

 

「何てことだ、スパイアーだけでなく多くの部下が死んだ」


「将軍、お気持ちはわかりますが、

 まだ戦いの最中です。 だからこの場は耐えてください」


 と、リーン。


「……そうだな、私にはまだ多くの部下。

 それに陛下から預けられた貴公等が居る。

 とりあえずこちらも魔法攻撃で応戦しよう。

 兎に角、派手にぶっ放してくれ!」


「了解です、皆行くわよっっ!!

「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 『シャイニング・ティアラ』ッ!!」


「我々もリーンに続くのだ! ――ファイアバーストッ!!」


「了解したぁっ! ――サイキック・ウェーブ!」


 皇帝直属部隊の魔導師達は、

 仲間の恨みを晴らすように、全力で魔法攻撃を仕掛けた。

 対するグレイス及びその護衛部隊も対魔結界を張る。

 あるいはレジストするなどをして敵の攻撃を防いだ。


 その後、両軍による激しい魔法合戦が繰り広げられたが、

 お互いに決定打を欠いた状態で時間を浪費していった。

 そしてその間に帝国軍の第一軍と第二軍は無事に

 都市ラスペラーガまで退却した。


「ラング将軍、第一軍と第二軍は無事にラスペラーガに到着したようです」


 伝令兵の言葉を聞いてラングは「そうか」と答えた。

 これで彼の役割はある程度は果たされた。

 ならばこの場は彼とその部下達も都市ハージャロックに

 退却させて、籠城戦を挑むのが妥当と思われた。


 だがラングは一部の部下を都市ハージャロックに

 退却させたが、自身とその直属部隊を前線に留まらせた。

 

 どのみち自分の命はもう長くはない。

 ならば最後は強敵相手に戦って死にたい。

 ラングはそう胸に刻みながら、

 周囲の部下や魔導師達と共に最前線で戦い続けた。


 その勢いに飲まれたエルフ軍も徐々に被害を拡大していった。

 しかしエルフ軍も勇者グレイスを護りながらも、

 勇猛果敢にラングとその部下達と戦い続けた。


 その戦いは二日に渡って続いたが、

 結局ラングの気迫にエルフ軍は後退を余儀なくされた。

 そこで連合軍の総司令官ラミネス王太子は――


「よし、ここで第四軍を後退させよう。

 我が軍から護衛部隊と増援部隊。

 そして戦乙女ヴァルキュリア殿とその盟友を前線に派遣する」


 こうして切られた切り札。

 だがラミネス王太子は後に知る事になる。

 ラング将軍の闘志とその闘争本能を恐ろしさを……。

 だがリーファ達は言われるがまま、

 馬に乗りながら最前線へ向かうのであった。


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