第105話 三日月島海戦


---三人称視点---



 北エレムダール海の青い海がおだやかに広がっている。

 連合軍艦隊総司令官アリソン提督は、

 栗色の髪を海風に煽られながら、

 総旗艦のガレアス船グリシード号の甲板に立って前方を望遠鏡で眺めていた。


 望遠鏡のレンズ内に敵の艦影が映る。

 ざっと見た所、敵の艦隊の数は三十隻を下らない。

 帝国艦隊の戦闘型ガレオン船十隻、フリゲート艦十隻、ガレアス船二隻。

 ガレー船八隻といった艦影が観えた。


 対する連合艦隊側の総戦力は艦隊三十八隻、戦闘型ガレオン船十隻、

 フリゲート艦十一隻、ガレアス船三隻、ガレー船七隻、キャラック船七隻。

 総兵数はおよそ11750名以上。

 数の上では互角、あるいは連合艦隊が少し勝っていた。

 そしてアリソン提督は落ち着いた声で指示を出した。


「三時方向に敵艦隊発見、各員戦闘準備に入れ!」


 その声が聞こえるなり、甲板上の海軍兵と水夫。

 艦内で騒がしく動く人の足跡が鳴り響く。

 

 聖歴1755年10月3日午後九時四十五分、北エレムダール海。

 三日月島の岬から幾ばくか離れた洋上において、

 連合艦隊とガースノイド帝国海軍艦隊が出合ったのである。


 後に北エレムダール海戦。

 あるいは三日月島海戦と称されるこの戦いは、

 帝国海軍艦隊の大砲の一斉射撃によって幕をあけた。

 

 爆音を鳴らして大砲の砲弾が北エレムダール海に粉塵と火花をまき散らす。

 だが大砲は射程距離に及ばす、空しく海の底へ次々と飛び込んでいく。


「この距離では当たりませんよ。

 どうやら敵も少なからず動揺しているようですね」


「うむ、副官。予想通りだ、敵は横に長い縦列で陣形を組んできた。

 副官、部下達に信号旗を上させ、二つの縦列を作るように指示せよ」

 アリソン提督の指示を受けると、

 副官ディアスは部下達に素早い指示を出して、

 提督の構想通りの隊列を組む。


 水夫に帆を広げさせ、風下へと艦隊を向かわせた。

 南東に針路をとり、連合艦隊は、

 二手にわかれ縦列になって敵陣へ突っ込んだ。


「ミストラル提督、連合艦隊は二手にわかれてこちらに向かっています」


「なんだ、あの隊列は……見たこともない隊列だ。敵は何を考えている」


 副官レンドルの言葉が耳に入り、

 帝国海軍の軍服姿の海軍総司令官ミストラル提督は、

 敵の意図が理解できずに怪訝な表情をしていた。

 だがしばらくすると敵の意図を理解して、

 顔面蒼白状態となった。


 連合艦隊は敵艦隊の隊列に直角に向かっていき、隊列を分断させた。

 これはヴィオラール王国海軍のアリソン提督が独自にあみ出した新しい攻撃法であった。


「ミストラル提督、敵はこちらの艦隊を分断して包囲するつもりです!

 このまま下手に前進すると、敵の思う壺です。

 ただちに全艦隊に針路変更の指示を!」


「わかった。全艦隊針路変更、

 全速で回頭せよ、と全艦隊に伝えよ!」


「はい!」


「全艦、回頭せよ!」


 敵の意図をようやく理解して帝国艦隊は、

 大慌てで全軍が回頭する。

 だがそれも全て計算済みであった。


 連合海軍は風上の縦列にアリソン提督の総旗艦のガレアス船グリシード号が陣取り、風下の縦列は火砲を大量に装備して、エストラーダ王国の海軍司令官サリナス提督の旗艦ベルファングがそれぞれ艦隊を北の方向へと導いた。

 連合艦隊は各艦隊のマストに多数の狙撃兵を配置して接近戦に備えながら、

 狙撃兵は手にした狙撃銃及び魔法銃で、

 射程距離圏内に入った敵兵目掛けて銃弾を放ち、敵の接近をねじ伏せた。


「良し、こちらの狙い通りに事が運んだ。

 全艦隊に告げよ、攻撃準備だ、砲門を開きありったけの砲弾を敵艦に向けて放て!」


 アリソン提督がそう告げると副官ディアスが全艦隊にその趣旨を伝えて、

 水夫と海兵達が慌ただしく艦内を走り回り、砲座についた。


「砲につけ!!」


「砲門を開け!!」


「攻撃!!」


「大砲発射!!」


 アリソン提督の指示通り連合艦隊は、

 一斉に大砲の轟音を鳴らして撃ち放つ。


 対する帝国艦隊の砲撃は、敵艦のマストや帆を狙うものであった為、

 多くの弾丸が無駄となったが、

 連合艦隊の砲撃は水平射撃で敵艦の船体を狙ったので、

 木造の船体を著しく損傷させ、

 砕け散った木片は、砲弾同様に高い殺傷効果をもたらして周囲に飛散した。

 

 次々と面白いように連合艦隊が放つ砲弾が敵艦隊に命中して、

 北エルムダール海は火の海と化した。

 砲弾を受けて帆が炎に包まれ、

 砕け散った木片が飛び散り水夫達に襲いかかる。


 艦の中枢部に砲撃を受けた船は海上で漂流して、

 慌てて白旗をあげる。


 瞬く間に帝国艦隊は瓦解して苦し紛れの反撃に出るが、

 それ以上に味方の被害が甚大であった。


 次々と味方の船が敵に拿捕され、

 往生際悪く反撃した船は容赦なく四方から集中砲火を浴びて、

 帆と水夫が炎に包まれて、轟沈する。


 帝国海軍の総司令官ミストラル提督の顔が青ざめ、

 生気がジワジワと奪われていく。

 この戦いの前に皇帝ナバールから最大限の支援を受けて、

 この海戦に挑んだが、これでは皇帝に合わす顔がない。


 いやそれ以前に生命の危険がじわじわと迫っていた。

 だが即座に降伏するという選択肢は彼の自尊心プライドが拒んだ。

 

 その結果、更なる被害をもたらし、

 帝国艦隊は次々と拿捕、戦闘不能にされた。

 北エルムダール海で行われた死闘は七時間半にわたって繰り広げられた。

 

 帝国艦隊は、既に艦隊と呼べる存在ではなくなっていた。

 統一された指揮系統がない状態で、各艦は必死で抵抗がしたが、

 帝国艦隊の総旗艦ガルリオンが砲撃を受けて、

 戦闘不能になったところで、

 ようやく総司令官ミストラル提督は、

 総旗艦に白旗を上げて降伏する。


 帝国艦隊は轟沈7隻、捕獲20隻、戦死者数6,255名、

 捕虜7523名という歴史的な大敗北を喫した。


 それに対して連合海軍の艦は喪失艦0、戦死553人。

 戦傷1,245人と圧倒的な大勝利をもたらした。

 敵の総司令官ミストラル及び各艦隊の提督は捕虜となり、拘束された。


 これによって連合艦隊は北エルムダール海における制海権を奪い、

 陣形を維持したまま、帝国の港バルティスを目指した。

 そしてその勢いのまま敵の港を制圧して、

 帝国領の北部エリアに大量の兵士を上陸させるという当初の目的を果たした。

 歴史的大勝利の中でアリソン提督は、水夫と海兵から祝された。


「連合軍ばんざい!」


「アリソン提督ばんざい!」


 アリソン提督は総旗艦グリシード号の甲板に立って、

 周囲の歓声を浴びながら、夕日に照らされた黄昏色の海を眺めていた。


 ――とりあえずこの勝利で連合軍が優位に立った。

 ――ひとまず私は自分の役割と任務は果たしたが……。

 ――本音を云えば海で戦うより、

 ――大海原おおうなばらを駆け巡り新大陸発見でもしたいが、

 ――それも適わぬ願いだろう。

 ――人の人生とはなかなか上手く行かないものだ……。


 そう内心で呟きながら、

 海風に薄い栗色の髪を乱れさせて、

 アリソン提督は微笑を浮かべた。


 連合艦隊の圧倒的勝利により、

 こうして北エルムダール海戦の幕は閉じた。

 この勝利によって、戦いの流れは連合軍に傾くが、

 某国の危機にある帝国軍も起死回生の機会を狙って、

 士気と戦意を高めて、次なる戦いに挑むのであった。

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