第102話 竜人族の元帥(中編)


---主人公視点---



『ハア、ハア、ハア、想像以上にキツいわね』


『王女殿下、魔力の方は大丈夫でしょうか?』


『ええ、まだ持つわ。 でも魔法戦はもう厳しいわ』


『そうですか』


 私はグレイス王女とそう言葉を交わしながら、

 今自分たちが置かれた状況を考えてみる。

 相手は帝国の元帥、更には竜騎士ドラグーン


 先程まで中間距離から、

 激しい魔法戦を繰り広げていたが、

 相手の飛龍の動きは想像以上に早くて、

 こちらの魔法攻撃の大半が防御ガード及び回避されていた。


 とはいえ向こうもそれ程、余裕がある訳ではなさそうね。

 グレイス王女はハァハァと息を切らしているけど、

 相手――シュバルツ元帥も今では身体を震わせて肩で息をしている。


 向こうは闘気オーラの消費がなくなる能力アビリティを使用してそうだけど、仮に闘気オーラが消費しなくても、精神面は疲労するわ。

 そういう意味では状況はほぼ互角といってもいいでしょう。


 だけど戦いはここからが本番よ。

 ここからはお互いに接近戦を挑むでしょうが、

 先に集中力を切らした方が負けるわね。

 だからここは苦しくても闘志を奮い立たせる必要があるわ。


『王女殿下、ならばそろそろ接近戦に切り替えますか?』


『そうね、そうするしかなさそうね。

 でも接近戦は接近戦で厳しいわ。

 相手は飛龍に乗った竜騎士ドラグーン

 空の戦いでは向こうが一枚も二枚も上手よ』


『ええ、ですので私もしっかりサポートします』


『……そうね、不利を覚悟で戦うしかないわね。

 じゃあリーファさん、フォローの方をお願い!」


『はい、お任せ下さい』


『じゃあグリフォール、敵に目掛けて突貫して頂戴』


「グルルルゥ」


 そしてグレイス王女は手綱で巧みにグリフォールを操り、

 シュバルツ元帥が乗る漆黒の飛龍に向かって空を駆けた。


『――行くわよ、リーファさん』


『はい、王女殿下っ!!』


---------


「せいやぁっ!」


「甘いっ!!」


 そう叫びながら、グレイス王女とシュバルツ元帥が

 一合、二合と切り結んだ回数は既に十回に及んでいた。。

 グレイス王女が身長165セレチ(約165センチ)に対して、

 シュバルツ元帥は190セレチ(約190センチ)を超える巨体。 


 単純な体格差は約30セレチ(約30センチ)近くあるが、

 グレイス王女は体格差のハンデを感じさせる事なく、互角以上に戦っていた。


『王女殿下、大丈夫ですか?』


『ええ、まだまだ戦えるわ。

 でも単純な接近戦ではやはり向こうが有利ね』


 それはそうでしょうね。

 グレイス王女の戦闘技術や剣技ソードスキルは、

 超一流と言っても過言はないが、それは相手も同じ。


 相手――シュバルツ元帥の槍術も超一流だ。

 単純な接近戦ではいずれ力負けする。

 ならばここは私が打って出るべきか。


 だが相手の能力値ステータスは分かるけど、

 能力アビリティスキルは分からない状態だわ。

 ここで無理に攻めて逆襲に遭う、という可能性は高い。

 ……くっ、なかなか決断を下せないわ。


「どうした? 来ないのか?」


『……』


 軽く挑発をするシュバルツ元帥。

 だがグレイス王女は何も言わずに相手の様子を伺う。

 そしてグレイス王女が『耳錠の魔道具イヤリング・デバイス』越しに小声で支持を出してきた。


『リーファさん』


『はい』


『私はこのままカウンター狙いで相手を待ちます。

 だから相手が怯んだ隙にアナタも攻撃魔法か、剣技ソードスキルを放ってください』


『了解です』


 どうやら王女殿下には何か策があるようね。

 ならば私としてもその策に乗るべきね。


「ふんっ、何やら小細工を弄すつもりだな。 

 ならばこちらは力業で押し切ってみせるわっ!」


 シュバルツ元帥はそう言うなり、

 左手で印を結んで、左掌を開いて砲声する。


「――空圧弾ニューマティク・ボルトッ!!」


「!?」


 グレイス王女が条件反射的にグリフォンの手綱を取って、

 右側に回避行動を取ったが、放たれた空気を圧縮した空圧弾くうあつだん

 神速の早さでグレイス王女のミスリル製の軽鎧ライト・アーマーの左肩部分に命中した。


「き、き、きゃあああっ!」


 今の一撃は空気を圧縮したの!?

 いや今はそんな事を考えている場合じゃないわ。


「我は汝、汝は我。 

 女神サーラの加護のもとに! ――ハイ・ヒール!!」 


 私は咄嗟に中級の回復魔法を唱えた。

 それと同時にグレイス王女の左肩の傷が急速に癒やされていく。


『――ありがとう、リーファさん!』


『いえ、王女殿下! それよりも今攻めましょう!』


 私達の見事な連係プレイでシュバルツ元帥が僅かに驚いている。


『そうね、じゃあ行くわよっ! ――アクセル・ドライブッ!』


 グレイス王女は中級風魔法を詠唱。

 それと同時にグリフォンの飛行速度が加速される。

 瞬く間にシュバルツ元帥との距離が詰まった。


『貰ったぁっ!! ――アルテマ・ストライクッ!!」


 グレイス王女はこの絶好の機会チャンスを逃すまいと、

 全力で剣技ソードスキルを放った。

 まずはシュバルツの左肩口に右に袈裟斬りを放つ。


 だがシュバルツも神速の速さで斧槍ハルバードを振るった。

 聖剣と魔槍が交わり、耳障りな硬質音が周囲に鳴り響く。

 押し勝ったのは、グレイス王女。


 今の一撃でシュバルツは、態勢を崩し後ろに大きく仰け反った。

 そこからグレイス王女は右手を逆手にして、

 聖剣を持ち、逆袈裟斬りを放つ。

 グレイス王女の聖剣がシュバルツの腹部に命中。


 聖剣と闘気オーラの力も相まって、

 シュバルツ元帥の漆黒の鎧の腹部部分フォールズを斬り裂いた。


「ぐ、ぐはァァァッ!!」


 グレイス王女の渾身の一撃が見事に決まったわ。

 ここから腹部から肩口を狙うか、このまま腹部に聖剣を突き刺すか。

 と、私だけでなく、グレイス王女も勝利を確信した。


 だが相手は帝国軍の元帥。

 この状況下から信じられない行動に出た。

 シュバルツ元帥は口から多量の血を流しながらも、

 右手を前に突き出した。


『ま、マズいわ!?』


『くううぅっ……うらああァッ!!

 し、死ねいっ! ――空圧弾ニューマティク・ボルトっ!!』


 超接近戦での魔法攻撃。

 まともに喰らえば致命傷は確実。

 だけどグレイス王女も咄嗟に回避行動に出た。


「――アクセル・ターンッ!!」


 グレイス王女がそう叫ぶなり、

 私達が乗ったグリフォールは反時計回りに旋回する。

 そして右の翼を折りたたんで、

 放たれた空圧弾を防御ガードを試みるが――


「ぐ、グルルルゥ……ウウゥッ!!」


 空圧弾をまともに受けたグリフォールが急に暴れ出した。

 そのおかげでグレイス王女の後ろに座る私も鞍から落ちかけた。

 まずい、この状態で二人乗りは危険だわ。


『バランスが!?』


『リーファさん、このままでは落下するわ。

 飛行魔法フライを使って空を飛ぶのよ!』


『は、はい! ――フライッ!』


 私は暴れるグリフォールの鞍から、

 飛び降りて、そこで飛行魔法『フライ』を使った。


『リーファさん、そこから元帥を狙い撃って!

 私はグリフォールをヒールするわ。

 その前に――リバースッ!!』


 グレイス王女がそう口にすると、

 シュバルツ元帥の腹部に突き刺さった聖剣が念動の力によって、

 傷口を抉りながら、グレイス王女の手元に手繰り寄せられた。


「ぐ、ぐっ……アークヒールゥゥッ!!」


 腹部を押さえて回復魔法を唱えるシュバルツ元帥

 この絶好のチャンスを逃す訳にはいかないわ。

 私は飛行魔法で空を浮遊して、

 純白のマントをひらめかせながら、シュバルツ元帥に狙いを定めた。


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 『スターライト』ッ!!」


 私は呪文を早口で紡ぎながら、

 左手から眩く輝いた光の波動を前方に向けて放射した。

 上級の光属性攻撃魔法。


「ぐっ! まずい」


 回復に気を取られたシュバルツ元帥が軽く喘いだ。

 よし、これならば直撃よ。

 と思った矢先に予想外の出来事が起きた。


「ガルララアァァッ!!」


 その時、シュバルツ元帥が乗った漆黒の飛龍が

 両翼を折りたたんで、身体の前で防御ぼうぎょの態勢を取った。

「どこおおおん」という爆音と共に前方の飛龍の身体が揺れた。


『やったの? ランディ、相手の生命反応を見て!』


「リーファ殿、相手の生命反応は消えてないぞ!」


『……どうやらそうみたいね』


 爆風が消えて、飛龍の身体が露わになった。

 前方の飛龍は身体中から、しゅうしゅうと白い湯気を立てていたが

 その黄色の双眸はまだ戦意に満ちていた。

 そしてそれはその飛龍に乗る竜人族の男も同じだった。


『リーファさん、敵は無事のようだわ』


『王女殿下、そのようですね』


『リーファさん、もういいわ。

 この状態でグリフォンに二人乗りは無理だわ。

 だからアナタはこのままフライを使って地面に降下して頂戴。

 高度を長時間浮遊するのは、体調にも悪いわ』


『そうですね、では後の事はお任せします』


『ええ、後で必ず生きて会いましょう』


『はい』


 どうやらこの場での私の役目はここまでのようね。

 とはいえ地上では相変わらず激しい戦いが繰り広げられている。

 とりあえず地上に着地したら、

 アストロス達と合流を果たしましょう。


 私はそう思いながら、飛行魔法で空をゆっくり降下する。

 金色こんじきの髪や白マントが風でなびく中、

 私は上空のグレイス王女を見据える。


 ここで戦線を離脱するのは少々悔しいわ。

 でもこうなればグレイス王女を信じるしかないわ。

 いずれにせよ、この戦いはまだ始まったばかり。

 だから私は私のやれる役割を果たすまでよ。

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