第98話 ドラグーン(前編)
---三人称視点---
迫り来る竜騎兵を前にして、
女勇者グレイスは左手で印を結んで、自身の守護聖獣を召喚する。
「我が守護聖獣レッサンよ。
我の元に顕現せよっ!!」
グレイスがそう紡ぐなり、
彼女の足元に魔法陣が現れて、眩い光を放った。
白、赤、青、黄色、緑と魔法陣の色が次々と変わり、強い魔力が生じる。
「ピオオオォァッ!」
すると魔法陣の中から体長六十セレチ(約六十センチ)くらいのレッサーパンダが現れた。
全身は長く柔らかい体毛で被われ、足裏も体毛で被われている。
背面は赤褐色で、腹面や四肢・耳介外側は黒く、
鼻面や唇、頬、耳介の外縁は白い。
尻尾には淡褐色の帯模様が入っていた。
どこから見てもレッサーパンダだが、
勿論、只のレッサーパンダではない。
グレイスの守護聖獣のレッサンだ。
「レッサン、行くわよ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解だよんっ! リンク・スタートォッ!!」
そしてグレイスとレッサンの魔力が混ざり合い、
グレイスの
「はあぁぁぁっっ! 『魔力覚醒』」
そこからグレイスは
彼女の魔力と攻撃魔力が倍増して、
彼女の周囲が目映い光で覆われた。
「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。
我に力を与えたまえ! ――サンダーボルト!!」
グレイスは素早く呪文を詠唱して左手に電撃をためる。
そして前方の竜騎兵隊目掛けて、左手の電撃を放った。
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁっっ!」
電撃を浴びた竜騎兵は身体を小刻みに痙攣させて、
電撃属性は水と風の属性を合成して、
初めて生まれる属性だ。 要するに電撃系の技スキルや魔法攻撃は、
合成技あるいは合成魔法に該当する。
合成魔法だから、初級魔法と言えど、その威力はかなりのものであった。
「まだよ! まだこんなものでは終わらないわ!
我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。
我に力を与えたまえ! ――トルトニス!!」
グレイスがそう呪文を紡ぐなり、前方に雷鳴が響き渡った。
そして次の瞬間、敵の頭上に雷光が発生して、
凄まじい轟音と閃光が竜騎兵隊に衝撃を与えた。
「う、ううう……うおおおっっ!!」
絶叫する竜騎兵。
全身を焼き焦がし、力なく地面に落下して行く。
一連の攻撃で竜騎兵隊が五十人近く倒された。
だが竜騎兵隊の隊長ロベールが咄嗟に指示を出した。
「
あるいは初級、中級の攻撃魔法で狙い撃て!」
「了解です。 喰らえっ!」
「――ウインドカッター」
「――ワールウインド」
敵が手槍を投擲、あるいは初級、中級魔法で応戦するなか、
グレイスは両手で印を結びながら、呪文の詠唱を始めた。
「偉大なる風の精霊よ、我が願いを叶えたまえ!
そして母なる大地ハイルローガンに聖なる守護をもたらしたまえ!」
グレイスは天に向かって両手を上げる。
するとグレイスの頭上の雲が急に曇りだして、
その直後に薄緑色の波動が生じた。
「我は汝、汝は我。 嗚呼、神祖エレーニアよ!
この大地を風で埋め尽くしたまえ!
はああぁっ……『風の
呪文の詠唱が終わると、秒間程、間を置いてから薄緑色の障壁が発生。
そしてグレイスの周囲を取り囲むように、
薄緑色が異様な速度で広がった。
グレイスが張ったのは
そして投擲された手槍や初球及び中級魔法をことごとく跳ね返した。
とはいえ無限大に攻撃を防げる訳ではなかった。
「みんな、私の周囲に集まって頂戴!
えいっ!! ――『ブレイブ・サークル』」
グレイスはそう言ってスキル『ブレイブ・サークル』を発動させた。
これによって自分だけでなく、
周囲の仲間の防御力や魔法防御が一時的に強化された。
「私の対魔結界はしばらくは持つわ。
その間に魔導師及び
味方の騎馬隊に強化魔法をかけて頂戴。
そして対魔結界が破られたら、
強化魔法を受けた騎馬隊は前へ出て、敵の竜騎兵隊を食い止めて!」
「了解です、プロテクト」
「――クイック!」
「騎馬隊、いつでも前へ出れます!!」
「そう、もう少しすれば敵の飛龍部隊が空から来るわ。
だから空戦部隊のグリフォンを一頭用意して頂戴。
私がグリフォンを操って、リーファさんと一緒に空で戦うわ!」
「はっ、了解しました。
伝令兵、後衛の空戦部隊に今の事を伝えよ」
「はい!」
そう命じられた騎馬隊の一人が後方に馬を走らせた。
戦闘能力だけでじゃなく、
グレイスの状況判断力は優れていた。
「お、王女殿下、私も空戦部隊に加わるのですか!?」
急な申し出に少し戸惑うリーファ。
だがグレイスは表情を変えることなく、小さく頷いた。
「ええ、恐らく敵の飛龍部隊に敵司令官が居るでしょう。
大丈夫、こう見えて私は馬だけでなく魔獣の扱いにも長けてるわ」
「え、ええ、そうなんですか。
ですが敵は
「大丈夫よ、私とアナタが共闘すれば必ず勝てるわ」
「……」
「
不可能も可能にきっと変えれるわ!」
グレイスの提案はやや強引であったが、
不思議とリーファも彼女の言う言葉を信じてしまった。
これは彼女が
それとも彼女のカリスマ性なのか?
そうこうしているうちに敵の攻撃が激しさを増した。
薄緑色の障壁を破るべく、
手槍の投擲及び魔法攻撃が障壁目掛けて再び放たれた。
魔法攻撃による爆発が、手槍の投擲による衝撃が容赦なく障壁に襲い掛かる。
次第に薄緑色の障壁にも皹が入り始めた。
そこからまた尋常でない攻撃及び魔法攻撃が繰り出された。
そして二十五分後、とうとう薄緑色の障壁は打ち破られた。
「よし、結界は破ったぞ!
竜騎兵隊はこのまま前進して敵を蹴散らせ!」
「おおっ!!」
「結界は破られたわ。 騎兵隊の皆さん、後はお願い!」
「了解です、では我々も前進するぞぉっ!!」
黒を基調とした甲冑をまとった帝国軍の竜騎兵隊が列をなして地をかける。
漆黒の竜騎兵隊が前進してくると同時に、
白い稲妻のような閃光が彼等の前方に立ちはだかった。
白銀の鎧をまとった連合軍の騎兵隊である。
「第一陣突撃せよッ!!」
隊長ロベールの言葉を待ちわびていたかのように、
第一陣の竜騎兵隊は混乱する連合軍騎兵隊に襲い掛かる。
すれ違い様に鞍上の騎兵隊の腹部を剣で切り裂き、
落馬した所を後続部隊が無造作に踏みつける。
過去の戦いで連合軍に苦汁を舐めさせられ続けた帝国兵は、
ここぞとばかりに執拗な攻勢をかける。
隊長ロベールは続けざまに第二陣、第三陣を突入させた。
「ここが正念場だ! 全員、気合いを入れて戦いに挑め!」
連合軍の騎兵隊の隊長クレーベルが周囲を鼓舞するようにそう叫んだ。
すると周囲の騎兵隊も「おお」と呼応して、
馬を走らせて、竜騎兵と真正面から接近戦を挑んだ。
「ここは何とか味方に踏ん張ってもらうしかないわね。
リーファさん、私達はこの間に後方の空戦部隊に合流するわよ」
「は、はい! あっ!?」
「リーファさん、どうかしたの!?」
「王女殿下、アレを見てください!!」
思わず驚きの声をあげるリーファ。
前方の上空に飛龍の群れが飛び交っていた。
その数は軽く見ても数百近くあった。
野生の飛龍の群れではない。
飛龍に騎乗する鎧をまとった
「り、竜騎士団だわ! リーファさん!!
こうしている場合じゃないわ。 私達も急ぐわよ!!」
「は、はい!!」
「グレイス王女、アタシも同行させてください。
空戦部隊の魔獣に相乗りして、敵を狙い撃つだわさ」
「分かったわ、ならここから加速魔法「アクセル」
を使って後方の空戦部隊の所へ行くわよ」
「了解だわさ」
「それじゃ行くわよ、アクセルッ!!」
「「「アクセルッ!!」」」
そしてリーファ達は加速魔法「アクセル」をかけて、
後方の空戦部隊と合流する為に、全力で疾走した。
竜騎兵隊と竜騎士の登場によって、
この戦いの流れが大きく変わろうとしていた。
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