第97話 一意専心(後編)


---三人称視点---



「――敵が前進して来たわ! 全員戦闘態勢に入って!」


 前方の高原を見据えながら、女勇者おんなゆうしゃグレイスがそう指示を飛ばした。

 その言葉通りリーファ、アストロスが前衛を務め、

 ジェインとロミーナが中衛、エイシルが後衛に待機する。


「――魔力探査マナ・スキャン!」


 グレイスが咄嗟に能力アビリティ魔力探査マナ・スキャンを発動。

 するとグレイスの身体が目映い光に包まれる。

 それから待つこと、三十秒程。


探査スキャン完了。 敵の中衛に魔導師部隊が居るわ。

 方角は九時方向、そこの女性エルフは確か賢者セージのエイシルよね?」


「はい、王女殿下。 そうでございます」


「なら土と風の合成魔法『トルネード』で敵を攻撃して頂戴。

 リーファさんとそのお仲間は討ち漏らした敵を狙い撃ちしてね」


「「はい」」


「了解ワン」


「了解だわさ」


 エイシルは手にした杖を頭上に掲げ、眉間に力を篭め魔力を高めた。


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 『トルネード』!!」


 エイシルが呪文を詠唱すると前方の敵の周辺の大気が激しく揺れた。

 そして風が生じて、砂がうねり、竜巻状に激しく嵐のように渦巻く。

 生み出された砂嵐は前方の敵集団を乱暴に包み込み、暴力的に渦巻いた。

 「トルネード」は聖王級せいおうきゅうの土と風の合成魔法。


 このような高原では非常に効果的な魔法であり、

 まともに喰らえば一溜まりもない。

 だが次の瞬間、エイシルの起こした砂嵐はあっさりと吹き散らされた。


 恐らく敵の魔導師が聖王級以上の風魔法を使い、

 エイシルの砂嵐をレジストしたのであろう。

 高レベルの風魔法は強烈な風を生み出し、

 相手の引き起こした現象を消し飛ばせる事が可能だ。 

 このように魔法で魔法を防ぐ事をレジストと呼ぶ。


「レ、レジストされました! 

 敵にも高レベルの魔導師がいるみたいです!」


「でも敵を食い止める事には成功したわ。 

 そこの兎人ワーラビットの弓使い(アーチャー)さん。

 ここから敵を狙い撃ちできるかしら?」


「問題ないだわさ」


 ロミーナは矢筒やづつから二本まとめて鉄の矢を引き抜く。

 素早く弓につがえ、一本、二本と速射する。 

 一、二本とも敵の魔導師の眉間を撃ちぬき、

 呻き声を上げる間もなく標的は地面に倒れ込んだ。


 ロミーナの弓の腕は超一級で三百メーレル(約三百メートル)圏内ならほぼ必中だ。

 すかさず矢筒から鉄の矢を引き抜き、一本づつ正確に矢を射続けた。

 更に一人、二人と矢が命中して、敵が再び力なく地面に崩れ落ちる。


「……す、すごいわ」


 リーファは思わず生唾を飲んだ。


「感心している場合じゃないわ。

 周囲の魔導師の皆さん、今のうちに敵に魔法攻撃を。

 あるいはレジストする準備を整えてください」


 グレイスの判断は早かった。

 そしてリーファ達だけでなく、

 アスカンテレス王国軍、猫族軍ニャーマンぐんの魔導師。

 エルフ族の魔導騎士団の魔道騎士達も後に続いた。


「我々も後に続くぞっ!」


「ニャニャニャ、ボクらもやるだニャン!」


「応戦せよ! 帝国軍人の魂を見せてやれ!」


 王国軍、猫族軍ニャーマンぐんの魔導師の杖から、火の玉が発射された。

 火の玉は大きな弧を描いて飛んでいき、敵陣のど真ん中に着弾……するかと思われた。だがその前に水魔法で生み出された水壁ウォーターウォールで火の玉を防がれた。連射された火の玉は水壁ウォーターウォールに次々と命中するが、

 当然水の前では炎が勝てるわけもなく、水の壁に命中する度に蒸発していく。


 その後も両軍魔法を打ち合い、あるいはレジスト合戦を繰り返した。

 それによって両軍は痛み分け状態になったが、

 後方で指揮する帝国のラング将軍は硬い表情で事の成り行きを見守っていた。


「このままだとジリ貧だな。

 ここは多少無理してでも前衛部隊を前進させるべきか!」


 だが焦る指揮官を副官のスパイアーが必死に止めた。


「将軍、いけません。

 ここで前進させて行動線を伸ばすのは危険です。

 それに皇帝陛下のご命令に逆らう事になります」


「そんな事は分かっている。

 だがこのまま手をこまねいている訳にもいかん!」


 ラングがそう言った時、彼の腰帯に吊した茶色の皮袋が軽く振動した。

 するとラングは皮袋に右手を入れて、長方形型の銀色の石版を取り出した。


『はい、ラングですが』


『ラング将軍、私だ! シュバルツだ!』


 石版に刻んだ魔力刻印から、男の声が聞こえてきた。

 声の主は『帝国黒竜騎士団ていこくこくりゅうきしだん』の総長アレクシス・シュバルツ元帥だった。

 この銀色の石版――携帯石版けいたいせきばんは、

 遠距離の仲間と連絡が取る事が可能な魔道具である。


 但しこの魔道具は、かなり高価な品なので、限られた人数分しか用意されていない。また基本的に使い捨ての魔道具なので、コスパも非常に悪い。

 だがこういう非常時には、とても役立つ魔道具であった。


『どうした? ラング将軍、私の声が聞こえてないのかね?』


『……大丈夫です、ちゃんと聞こえております』


『そうか、ならばいい。 それでは皇帝陛下の指示を伝えよう。

 貴公等、『帝国鉄騎兵団ていこくてっきへいだん』は一旦後退せよ!

それと同時に我が『帝国黒竜騎士団ていこくこくりゅうきしだん』の竜騎兵隊が前線へ出て相手の騎兵隊の動きを封じる。

 その後に飛龍に乗せた竜騎士ドラグーン部隊で空中から敵に遠隔攻撃を仕掛ける。だから貴公等は直ちに後退せよっ!』


『……了解です』


 ラングとしては不満があったが、

 皇帝の命令とあらば従うしかなかった.

そして防御陣を敷いて、味方の魔導師部隊に強化魔法や

 耐魔結界をかけてもらいながら、ラングは兵を退いた。


 それと入れ替わるように、

 中列から騎乗竜ランギッツに乗った竜騎兵の一団が現れた。

 その数は軽く二百を超えていた。


 騎乗竜ランギッツの身体の大きさ自体は、

 軍馬とさほど変わらなかったが、

 パワーとスピードでは軍馬を勝っていた。

 

 全身を覆う薄茶色の体毛、翼は生えていないが、

 その口元に見える獰猛な牙、見るからに強そうだ。


「よし、竜騎兵隊りゅうきへいたい! 前進して敵を蹴散らせっ!!」


「はいっ!!」


 シュバルツ元帥がそう命じると、

 竜騎兵隊も一斉に騎乗竜ランギッツを走らせた。

 その様子を見て、勇者グレイスは咄嗟に指示を出した。


「騎兵隊の皆さん! しばらくの間は私達が

 あの竜騎兵隊を食い止めますが、

 限界が来たら、私達は後退するので、それと同時に前へ出てください!」


「了解した」


「じゃあリーファさんとそのお仲間さん。

 私達の出来る範囲であの竜騎兵隊を食い止めるわよ!」


「「「はい」」」「はいワン」「はいだわさ」


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