第94話 運命の会談(後編)


---三人称視点---


 帝都ガルネスの帝城ガルネス。

 御前会議に指定された会議室には、

 皇帝ナバールをはじめとした将帥が既に席についていた。


 会議室内の大理石の長テーブルに上座に皇帝が座り、

 左側に総参謀長フーベルグ、宰相ファレイラス、

 親衛隊長ザイド、ハーン将軍。


 バールナレスから呼び戻されたバズレール将軍が椅子に腰かけ、

 右側にシュバルツ元帥、先の戦いの敗軍の将ラング、

 帝国海軍総司令官のミストラル提督、帝都防衛隊の隊長レジス、

 タファレル将軍が陣取っていた。

 皇帝ナバールは椅子から立ち上がり、威厳と覇気のある声で語りかける。


「我が帝国が三度に渡って敗北を喫したのは初めてである。

 だが余は卿らを責めはしない。

 これも余が卿等にいくさを任せて、

 怠惰に惰眠を貪っていたのが原因であろう。

 よって今回の帝国本土の攻防戦は余、

 自ら全軍を率いて指揮する事をここに宣言する」


 その言葉を聞くなりラング将軍が席から立ち、

 皇帝に向けてこうべを垂れた。


「へ、陛下……全てはこの私、ラングの敗北が原因でありまする。

 連合軍如きに無残な敗北を喫して、

 陛下の顔と帝国に泥を塗りました。ですが私も帝国軍人です。

 このまま彼奴等きゃつらにやられたまま引き下がりません!」


「わかっておる、卿を咎める気は毛頭ない。

 むしろ卿のおかげでわかった事がある。

 それによって我が帝国は、更に盤石な基盤が築けるであろう」


「……何がお分かりなったのですか?」


 ラング将軍は直立不動のまま恐る恐る訊ねた。

 皇帝ナバールは口の端を持ち上げて、力強く言い放った。。


「我が帝国……ガースノイド帝国は余が率いてこそ真価を発揮するという事実。

 それと連合軍軍は、我々が想像していた以上に強いという事実、この二点だ」


「……陛下、どういう意味でしょうか?」


「シュバルツ、卿ほどの知将でもわからぬか。

 まあ言われれば簡単なのだが、

 意外と気づきにくい事実だからな、まあ単刀直入に云えば前者は、

 この帝国は余、ナバール一世が自ら兵を率いてこそ、

 初めて形と成す……という事だ。

 つまり帝国軍は余に対する依存心が強いという話だ。

 更に砕けて云うと余、自ら兵が率いないと、

 各将軍が功を焦り、組織として形にならんという話だ。

 だが余はそれを責めぬ。

 卿等にとってそれを求めるのは必然的な出来事だ」


「……陛下、つまり陛下のおっしゃりたいのは、

 陛下が居ないと私情のもつれが起こるという事ですよね。

 であるならば私も今後に向けて、自身の私情は捨てます」


「ふふふ、ラング。卿がそう云ってくれると余も助かる。

 だが余は卿等を責める事はできぬ。この帝国は余と余の臣下、つまり卿らと共に

 築きあげた牙城、それを愛する心は余も卿等も変わらぬ。

 まあ今回の敗戦は余にも卿等にも良い教訓となったであろう。

 やはり我が帝国は余が兵を率いて戦陣に立たねばならぬ、という事実。

 それと同時に連合軍の力を認めなければならない!」


 皇帝が語尾を強めてそう云うと、各将帥は視線を交わし合う。

 それをじっくり観察しながら、皇帝は綺麗な形の唇を動かす。


「どうやら連合軍の結束力は高いようだな。

 でなければ余が不在とはいえ帝国の三将軍を持ってしても

 勝利を勝ち取れないわけがない、総参謀長、今の連合軍の状況を説明してくれい」


「御意」


 総参謀長フーベルクはそう云って、

 軽く礼をすると起立して、作戦会議室の大きな黒板に

 貼られたエレムダール全土の地図の近くに歩み寄り、指揮棒を片手に説明を始めた。


「まず連合軍の現総司令官は、アスカンテレス王国の王太子ラミネスが務めております。

 彼は容姿端麗に加えて頭脳明晰と云えるでしょう。

 連合軍内でも高い支持を得ているとの話です。

 つい先日にもアスカンテレス王国内で起きた反乱騒ぎも鎮圧して、

 反乱の首謀者であった実弟ナッシュ第二王子を自らの手で処断してます。

 そのような面からも冷酷さも秘めた男だと分かります」


「うむ、それはここに居る皆も知っているだろう。

 問題は連合軍が何故この短期間に目覚しい飛躍を遂げたという点についてだ。

 それを知る事が大事だ……」


「御意、それはやはり現総司令官ラミネス王太子の手腕が大きいと思われます。

 少なくとも過去の家柄や爵位だけで総司令官の座についた輩とは違います。

 だがそれ以上に敵側に戦乙女ヴァルキュリアが居る事が大きな原因でしょう」


 総参謀長の説明は無駄がなく、

 非常にわかりやすく理解できる言葉であった。

 皇帝だけでなく、他の将帥もその場で唸り込み、何やら考え込むような仕草をする。

 皇帝ナバールは鳶色の瞳を光らせて、表情を引き締めた。


「伝説の戦乙女ヴァルキュリアかあ。

 ベルナドットもネイラールも戦乙女ヴァルキュリアに討ち取られたからな。

 そういう存在が敵に居るだけで、敵はいやでも活気づく。

 逆に帝国軍としては、戦乙女ヴァルキュリアに対して強い警戒心を抱く。

 こういう存在が戦いの流れを大きく左右させる……」


「陛下、あの女はこの私が必ず倒します!!」


 興奮気味に叫ぶラング将軍。

 すると皇帝ナバールは左手を上げて、ラングを諭す。


「ラング将軍、卿の言いたい事は分かる。

 だが戦乙女ヴァルキュリアだけに目を囚われるな。

 まずは次の戦いの戦力配置と戦略と戦術を練る事を優先する」


「ぎ、御意!」


 皇帝は総参謀長に無言で目配せして、

 総参謀長フーベルクは冷淡に言葉を述べる。


「……以上のように連合軍は強敵という事を強く認識していただきたい。

 さてその連合軍に神聖サーラ帝国も加勢したようです。

 よって次の戦いでは少なく見積もっても、

 連合軍の総数は八万~十万はいると思われる。

 更には海軍の方もヴィオーラル王国が連合艦隊を組み、

 北エレムダール海を越えて我が帝国領に攻め込んでくる模様です」


「陸軍だけで十万か……先の事を考慮すれば我々帝国も十万以上の兵を派兵したい

 ところだな。 ミストラル提督!」


「御意、陛下!」


「連合艦隊の討伐の任は貴様に一任する。

 帝国海軍の全軍を持って撃滅せよ!」


「御意!」


 海軍総司令官ミストラル提督は起立して綺麗な敬礼をする。

 それを横目で見ながら、

 皇帝は鳶色の瞳に妖しい輝きを漂わせて言葉を続けた。


「敵の連合艦隊の何としても食い止めないとな。

 北エレムダール海を制圧されると色々とまずい。

 だからミストラル提督! 何としても連合艦隊に勝つのだ」


「ははっ!」


「それでは各部隊の配置を発表する。

 まずはロズジャイド方面にハーン将軍のブラックフォース騎士団ナイツ

 レジス隊長の率いる帝都防衛隊を三万兵。

 帝国領の南部にタファレル将軍とバズレール将軍の部隊が三万。

 そして帝国領とファーランド領の国境付近に

 余率いる本隊とシュバルツ元帥、ラング将軍の三部隊を配置する。

 余の本隊は三万人、シュバルツは二万五千、ラングも二万五千の兵を率いてもらう。

 この合計十四万以上の兵を持って連合軍を迎え撃つ。

 何としても敵を帝都に侵入させる訳にはいかん。

 したがっていつどの方面の敵にも対応できる布陣にする為、陣形を広げる」


 ナバールの戦力配置と戦術は妥当な判断であったが、

 戦力を分散させた事にシュバルツ元帥が異を唱えた。


「皇帝陛下、申し上げます。

 このように戦力を分散させるのは、

 我が軍にとって少々危険でございます」


「……余はこの戦法で今まで勝ってきた。

 今回もこの戦法で勝つつもりだ」


 しかしシュバルツ元帥も辛抱強く皇帝に上申する。


「確かにその通りでございますが、

 過去の戦いと今回の戦いは兵力の規模が違います。

 今回の戦いは両軍合わせて三十万を超える大決戦。

 戦場の幅もかなり拡大しております。

 故に陛下がご自身で陣頭指揮をなさるのは不可能でございます」


「……」


 シュバルツ元帥の言葉に押し黙る皇帝ナバール。

 ナバールも元帥の言う事を理解していた。

 だからナバールも元帥の言い分を認めながら、

 自身の胸の内を曝け出した。


「元帥、卿の言う事はよくわかっている。

 だが今はこの作戦以外の選択肢はない。

 故に余はこの戦力配置と戦術で戦う。

 ……後の結果は歴史が証明してくれるであろう」


「了解致しました」


「大丈夫だ、我々が鉄の意志で協力すれば必ず勝てる。

 だが敵の戦乙女ヴァルキュリアには要注意せよ!

 ラング将軍、シュバルツ元帥」


「「御意っ!!」」


戦乙女ヴァルキュリアの相手は卿等が務めよ。

 状況次第では二人で共闘するのだ。

 そうでないと戦乙女ヴァルキュリアには勝てぬ!

 これは皇帝命令だぁっ!!」


「「御意っ!!」」


「次の戦いは我が帝国の命運を賭けた戦いとなる。

 だから今まで以上に団結して、連合軍を迎え撃つぞ!

 ガースノイド帝国に栄光あれっ!!」


 充実した昂揚感が皇帝とその臣下の中枢神経に伝わり、熱気が自然と生じた。


「皇帝陛下万歳っ!!」


 猛将ヴィクトール・ラングがそう怒号をあげると、

 それに連動するかのように他の臣下たちも続いた。

 作戦会議室内に怒号と熱気がたちこめた。

 皇帝ナバールはそれを鳶色の瞳で観察しながら、

 形の良い唇に微笑を浮かべて独り呟いた。


 ――次の戦いは必ず勝つ!

 ――必ず勝って見せる!!



---------



 ナバールは自分が皇帝であるという事実を再認識してから、

 王城から出て待機させていた馬車に乗り込み、

 親衛隊長ザイドと共にベルティーヌ宮殿に向かった。


 二十分ほどしてから、ベルティーヌ宮殿に到着。

 機能性と華美を共有させた宮殿は美しく威厳に満ちていた。

 皇帝の後に親衛隊長ザイドと親衛隊の精鋭七名が続く。


 警備兵と従者、メイド達が皇帝が通るごとに、

 仰々しく敬礼あるいは膝いた。

 ベルティーヌ宮殿を皇帝ナバールは威風堂々と闊歩する。

 そして皇后マリベルの部屋へ向かう。


「ここから先には誰も通すな」


 と親衛隊長ザイドに命じて、皇后の部屋の扉に歩み寄り、ゆっくりと扉をあけた。

 する部屋の真ん中に幼子を抱いた華美なドレスを着た皇后マリベルが立っていた。

 皇后マリベルは金髪碧眼、身長は160前後、見た目も麗しかった。


「陛下、お帰りなさいませ」


「うむ、マリベル。 皇太子はもう眠ってるのか?」


「ええ、私の腕の中で寝ておりますわ」


「そうか」


「陛下、また戦争になるのですね」


 皇后の言葉にナバールは「嗚呼」と頷いた。


「ペリゾンテ王国とも戦争になるのでしょうか?」


「……ペリゾンテは今の所、様子見に徹している。

 だが状況次第では戦う事になるかもしれぬ」


「……そうですか」


「父上と戦うのは君も気が引けるであろう」


 皇帝の言葉に皇后は首を左右に振る。


「いえ既に覚悟は決まってますわ」


「そうか、正直次の戦いはどうなるか余にも分からん。

 だから万が一の時に備えて、

 君が皇太子の摂政になれるように手続きしていく」


「……陛下」


「何があっても君はガースノイド帝国の皇后にして、

 皇太子の母なのだ、その事を忘れないで欲しい。

 では私が留守の間、皇太子の事を頼む」


「はい、陛下」


 皇帝は皇后の両肩に自分の両手を優しく置いた。

 そして皇帝ナバールは約十五万の大軍を持って、

 連合軍に挑むべく、帝都からって帝国領の国境線へと向かった。


 聖歴1755年10月1日。

 連合軍と帝国軍の雌雄を決する戦いが始まろうとしていた。

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