第十二章 戦乙女(ヴァルキュリア)と女勇者(おんなゆうしゃ)

第95話 一意専心(前編)


---三人称視点---



 聖歴1755年10月1日早朝七時。

 夜が明けてハイルローガンの大地に再び朝が訪れる。

 連合軍はファーランド王国の王都エルシャインに本陣を置き、

 帝国領の西部の都市ロスジャイト方面にシャーバット公子殿下率いる犬族ワンマン部隊。

 それとサーラ教会騎士団の合計三万人の第一軍を配置。


 そして帝国領の南部にあたる兎人ワーラビット領のジェルバ方面に、

 オルセニア将軍率いる冒険者及び傭兵部隊を約一万五千人。

 それにファーランド軍一万人を加えた約二万五千人の第二軍を配置。


 更に王都エルシャインの防衛部隊としてファーランド軍一万人を配置して、

 王都から西進するアスカンテレス王国軍に猫族ニャーマン部隊を加えた第三軍。

 アスカンテレス王国軍は約三万五千。

 猫族ニャーマン部隊は約一万、双方合わせて総勢四万五千の大部隊。

 総司令官であるラミネス王太子が率いるこの第三軍が実質的な本陣であった。


 そしてエルフ族の王国軍と王国騎士団の一万五千人に

 兎人ワーラビット部隊を一万を加えた二万五千人の第四軍。

 この第三軍と第四軍を持って、

 王都エルシャインから帝国領へ攻め込む。


 またセットレル将軍率いる神聖サーラ帝国軍が約四万。

 それにファーランド軍を一万加えた約五万人の第五軍を持って、

 王都から東進して帝国の同盟国バールナレスへ攻め込む。


 対する帝国軍は、ロズジャイド方面にハーン将軍のブラックフォース騎士団ナイツ

 レジス隊長の率いる帝都防衛隊を合わせた三万人が第四軍。

 帝国領の南部にタファレル将軍とバズレール将軍率いる三万人が第五軍。


 そして帝国領とファーランド領の国境付近に

 皇帝ナバール一世率いる本隊三万人の第一軍。

 シュバルツ元帥の『帝国黒竜騎士団ていこくこくりゅうきしだん』二万五千人の第二軍。

 ラング将軍の『帝国鉄騎兵団ていこくてっきへいだん』二万五千人の第三軍。


 帝国の同盟国バールナレス共和国は、

 約四万人を超える大軍で連合軍の第五軍を迎え撃とうとしていた。

 

 両軍合わせて三十万人を超える大決戦。

 秋の風が心地よい綺麗な青い空の下で、

 連合軍の第一軍はロスジャイトの東部にあるメストア平原に向けて行進を開始した。

 ざっ、ざっ、という規則正しい足音。馬の鳴き声が響き渡る。


 迎え撃つ形になる帝国軍の第四軍は、

 メストア平原にハーン将軍率いるブラックフォース騎士団ナイツと帝都防衛隊。

 双方合わせて約三万人の兵で教会軍の第一軍の進撃を防いだ。


「この戦いで勝つか、負けるかで帝国の未来が決まる。

 だから私はあえて云う! 「必ず勝つ!」とな、貴様らも誇り高き帝国軍人であるなら

 退くな、怯えるな、連合軍など所詮は我々の敵ではない。それを奴らに教えてやれ!」


 そう云ってハーン将軍は自身と兵士達を鼓舞させるように怒号を放つ。

 剣と戦槍、戦斧と大剣が激しい衝突と鈍い金属音を鳴り響かせる。

 騎士団長レイラ率いるサーラ教会騎士団が先陣を切り、

 白銀の長剣を豪快に馬上から振り回して、戦場を駆け巡った。


 だが敵は一人では向かって来なかった。

 騎士団長レイラには三人が同時に襲いかかる戦術でその進撃を止めた。

 流石のレイラも三対一では分が悪かった。


 敵の大剣を受け止めて、切り払うという行動を繰り返したが、

 相手は必要以上には踏み込んでこない。

 前線で騎士団長レイラを抑えている隙に、

 他の兵士達が犬族ワンマン軍と教会騎士団に怒涛の波状攻撃をかけた。


 戦槍を振るい、大きなメイスで力任せに叩きつける。

 フレイルを振り回して騎兵の頭部を撃ち砕く。

 原始的だが戦場においては重要な攻撃を行い、

 連合軍の第一軍の勢いを完全に打ち消す。


「想像以上に敵の行動が迅速だワン。

 我等、犬族ワンマンは攻撃支援、支援魔法、

 回復魔法を使って、教会騎士団を支援するワン」


「はい、そのように命令を下します」


 シャーバット公子の言葉にチワワの副官エーデルバインが大きく頷いた。

 そして犬族ワンマンの騎兵や魔導師が支援に徹したが、

 味方の教会騎士団に支援魔法がかかった頃には、

 敵の第四軍は綺麗な陣形を引いたまま、素早く撤退する。


「ぬう……。 敵の動きがイマイチ読めないワン。

 攻めては引く、引いては攻めるの繰り返しだワン」


「これでは総司令官の命令を実行出来ませんね。

 とはいえ無理に攻め込むのは危険です。

 ここは防御陣を引いて、相手の様子を見ましょう」


 と、副官エーデルバイン。


「そうだな、まだ焦る必要はない。

 ここは防御陣を敷いて、敵の様子を伺おう」


 こうして連合軍の第一軍と帝国軍の第四軍の戦いは、早くも膠着状態に入った。


---------


 メストア平原で両軍の膠着状態が続く中、

 連合軍の第二軍であるオルセニア将軍率いる傭兵及び冒険者部隊は、

 前衛部隊に支援、強化魔法をかけた状態で、堅い防御陣を敷いて北上を開始。


「敵を引きつけて、各個撃破するぞ!

 ここで活躍すれば報奨金は思いのままだ!」


「おおっ!」


 黒鹿毛の大きな馬にまたがりながら、

 オルセニア将軍は高らかにそう叫んだ。


 傭兵及び冒険者部隊が敵陣に向かって突撃する。

 そして手にした戦槍と長剣などの武器を振り回した。

 だがそれを見越したように、

 帝国軍の第五軍の指揮官タファレル将軍は、重厚な防御陣を敷いて突撃を防ぐ。


「攻めろ、攻めろ、ナバールの居ない帝国軍など物の数ではないわ!」


 中衛に陣取り叱咤激励するオルセニア将軍。

 だが予想に反して、帝国軍の第五軍はなかなか前へ出てこない。

 むしろ連合軍の第二軍の勢いを消しながら、

 重厚な陣形を敷いた状態で、

 中衛から弓兵や魔導師部隊が遠距離攻撃を放って、

 確実に敵兵を一人ずつ倒して行く。


「怯むなぁ! 多少強引でも良い!

 前進して敵部隊を倒せえっ!!」


 再度吠えるオルセニア将軍。

 攻める、守る、進む、後退する。

 といった一連の動作が繰りかえされる。


 四十分以上、両軍の激しい攻防が続いたが、

 オルセニア将軍率いる第二軍は、

 相手の執拗な防御陣に苦しみ、後退を余儀なくされた。


 だが帝国軍の第五軍は無理に深追いせず、

 防御陣を保ったまま、迎撃態勢を取る。

 それを伝令兵から伝えられた総司令官ラミネス王太子は、

 表情を強張らせて、一人毒づいた。


「くっ、オルセニア将軍は独断専行が過ぎる。

 これでは逆に我が軍が各個撃破されかねない」


 すると第三軍の副官であるレオ・ブラッカーがラミネス王太子を宥めた。


「どうやら敵は想像していた以上に連携が取れてますね。

 これは深追いすると危険ですよ」


 二十代半ばの男性ヒューマンの副官がそう告げる。

 するとラミネス王太子も落ち着きを取り戻した。


「嗚呼、そうだな。 思いの他、帝国軍の動きが良い。

 これは戦術を大幅に変える必要があるか。

 いや……戦術を急遽変えるのは愚策だ。

 ならばこちらも防御陣を敷いて、相手の様子を伺おう。

 副官、全軍にそう指示を伝えてくれ!」


「了解です!」


 副官ブラッカーは自分の役割を果たすべく、伝令兵に作戦の趣旨を伝える。

 駿馬にまたがり伝令兵が本陣からさっそうと駆け抜けた。

 そして全軍に命令が伝わり、連合軍も重厚な防御陣を敷いた。


 帝国領の各地で連合軍と帝国軍の激しい攻防が三日続いた。

 依然として、両軍ともに、雌雄を凌ぎ激しい攻防戦を繰り返す。

 お互いに決定打が欠けた状態で消耗戦が繰り広げられていた。


「くっ、帝国軍め。 臆病風に吹かれたか。

 このままではジリ貧だ。 とにかく敵軍を減らさない事には、

 話にならん。 ……ならばここは戦乙女ヴァルキュリア殿。

 そしてグレイス王女に一肌脱いでもらうか」


「王太子殿下、どうするおつもりですか?」


 と、副官ブラッカー。


「リーファ嬢とグレイス王女殿下の突撃隊を前進させて、

 ラング将軍の『帝国鉄騎兵団ていこくてっきへいだん』をおびき寄せる。

 先の戦いの事もあり、恐らくラングは餌に食らいつくだろう。

 そしてリーファ嬢とグレイス王女にラングを倒してもらう。

 そうすれば敵も徐々に崩れるであろう」


「……しかしラング将軍は強敵ですよ?」


「そんな事は分かっている。

 その為に戦乙女ヴァルキュリア勇者ブレイバーをぶつけるのだ。

 あの二人なら必ずやラングを倒してみせるだろう。

 副官、ただちに二人の部隊に伝令を伝えよ!」


「はっ!」


 状況を打開すべく、先手を打つラミネス王太子。

 だがその皺寄せはリーファとグレイス王女に向かったが、

 伝令が届くなり、リーファとグレイス王女も覚悟を決めた。


「了解しました。 その任務謹んでお受け致します」


「了解、了解! さあ、皆戦うわよ!」


 リーファとグレイス王女はそう答えて、

 それぞれ馬に跨がって、周囲を味方を引き連れて

 帝国軍目掛けて前進を開始。


 戦乙女ヴァルキュリア勇者ブレイバーの共闘。

 それによってこの戦いの戦局が大きく変わろうとしていた。

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