第46話 爵位授与式(後編)


---三人称視点---


「リーファ・フォルナイゼン殿」


 式武官が声高らかに新たなる王国騎士の名前を告げると、

 キラキラと光る綺麗なプラチナ・ゴールドの髪の少女は、

 赤い絨毯を気品と優雅さに満ちた歩調で踏み歩き、

 国王ネビル二世の許へと歩み寄る。


 貴族や貴婦人たちの間から嘆声が漏れる。

 列席者の多くの者もそのプラチナ・ゴールドの髪の少女の美貌に釘付けとなった。

 リーファは国王の前でうやうやしく片膝をついた。


 国王はそれと同時に式武官から純金の鞘に収まった剣を受け取る。

 国王はその純金の鞘から剣を抜剣すると、

 目の前のプラチナ・ゴールドの髪の少女の前に剣を差し出す。


 リーファは片膝をつきながら、突き出された剣に口づけを行うべく、

 剣の刃先に向けて口元を近づける。


 そしてリーファは精神を集中して、

 無駄のない動きで差し出された剣の刃先に口づけをする。

 

戦乙女ヴァルキュリアリーファよ、この度の武勲、誠に見事であった。

 卿は勇敢に帝国軍、そして反乱軍と戦い、

 我がアスカンテレス王国に大きな戦果をもたらせた。

 よってなんじ、リーファ・フォルナイゼンを王国最高騎士に任ずる。

 聖暦せいれき1755年7月25日、アスカンテレス王国第三十六代国王ネビル二世」


 リーファは立ち上がって、

 最敬礼と共に国王の前で仰々しく頭を下げる。

 そしてリーファは、平然と自信に満ちた歩調と態度で列席者の陣へと加わる。


「十六歳の戦乙女ヴァルキュリアか……

 放ってくと危険な存在になるかもしれんな」


 そう低く呟いたのはリーファとは、

 反対側の列に参列していたアルファム公爵であった。

 するとアルファム公爵の右隣に立つローラン宰相が口を挟んだ。


「ですが彼女に戦さの才能があるのも事実。良いではありませんか。

 当分は帝国に対する王国、教会の猟犬として利用していれば……

 使える物は可能な限り使うべきです」


「確かにな。だが必要以上に力を手に入れられても困る。

 宰相、あの女が増長せぬようにこれからも

 監視と警戒を怠らないでくれたまえ。

 どうにもあの女の腹の内が読めぬ」


「ご心配なく、アルファム公爵。 手は打っております。心配はご無用です」


「そうか、宰相。今後とも頼むぞ」とアルファムは妖しく嗤った。


「ええ、お任せください。今は精々あの小娘を英雄として崇めておきましょう。

 帝国という敵が居る間は、精々最大限に利用するべきです。そしてその後は……」


「ふふふ、増長したあの小娘が転落する様を想像するだけで愉快だ……」


 反戦乙女はんヴァルキュリアというべき一団は、

 示し合せて含みある笑いを浮かべた。

 そして玉座の間に舞踏音楽隊が奏でる吹奏が流れ始めた。

 若き英雄を主役とした式典は終幕を迎える。


 国王が退場するなり、参列者もそれぞれに散らばり、

 若き戦乙女ヴァルキュリアの傍に近寄り談笑を交わす。

 それを傍目から見ながら何やら仲間内で潜めく集団。


 こうしてリーファは無事に最高騎士爵を授与した。

 だが当の本人は特に喜びに浸る事はなく、

 いつもと変わらない態度で参列者を適度にあしらいながら、

 三人の盟友と共にアスラ宮殿を去った。



---------


 ときに聖暦せいれき1755年7月25日。

 エレムダール大陸を二分するエレムダール連合軍及びサーラ教会とガースノイド帝国による戦いは、

 若き戦乙女ヴァルキュリアリーファの出現によって、

 連合軍側に勝利をもたらした。


 だが皇帝ナバール一世を擁する帝国軍も来たるべき反撃の機会に向けて静かに時を待つ。連合軍と帝国軍。 双方の戦いの幕はまだ序章を迎えたに過ぎない。

 女神サーラを絶対的存在とし、

 その神の教えを伝えるべく千年以上続いてきたサーラ教会。

 そのサーラ教会と結託して帝国の打倒を目指すエレムダール連合軍。


 皇帝という絶対的な存在の下で集うガースノイド帝国。

 多くの者が運命という時流に飲み込まれ、

 この動乱の時代に翻弄されようとしていたが、

 全ての人間がその運命という呪縛に囚われたまま生涯を終えるわけではなかった。


 外に出た時、既に空は黄昏色に染まっていた。

 そしてリーファとその盟友は、

 黄昏色に染まる宮殿を背にして、ゆっくりと歩き続けた。


(人生なんて分からないものね。

 たった一ヶ月余りで私の人生は激変した。

 でも今更元に戻りたい、などとは思わないわ)


(でもいつかは本当の自由が欲しいわ。

 その為には、これからも王国と教会の為に戦わないとね。

 それが終わったら、避暑地に別荘でも建てて、

 アストロスやミランダ、その他の執事とメイドと一緒に

 悠々自適に過ごす、なんてのも悪くないわね)


(ならその日を迎えるまで、

 一生懸命に毎日を生きてみせるわ)


 リーファはそう胸に刻みこみながら、虚空を見澄ました。

 夕空は遙かにこの世に果てるところまで続いている。

 陽炎と斜光のなかをゆらゆらと、夕暮れの強い陽射しを受けて、

 リーファは取り澄ました表情で口を結んだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 と、アストロス。


「ん? ええ、大丈夫よ」


「お姉ちゃん、何か心配事あるの?」


「ううん、ジェイン。 何でもないわ」


「緊張してお疲れになったんでしょうか?」


 と、エイシル。

 

「そうかもしれないわね。

 でもこれで式典は終わったわ。

 次にいつ呼び出されるかは分からないけど、

 王太子殿下は「三週間の休暇を与えよう」と

 言ってくださったので、しばらくは皆で休みましょう」


「「はい」」「うん」


「じゃあ馬車に乗って、屋敷に戻りましょう。

 今日はミランダ達が腕を振るってご馳走を用意しているわよ」


「わーい、嬉しいワンッ!」


「ではエイシルさん、我々も行きましょう」


「はい、アストロスさん」


 そしてリーファ達は馬車に乗り込んだ。

 今はこのような状況だが、明日はどうなるか分からない。

 英雄という存在は状況によって、立場が変わるからだ。


 でもリーファも遊びで戦乙女ヴァルキュリアになったわけではない。

 だから今後も勝ち続けて、自分の地位を確立して自由を掴むわ。

 リーファはそう胸に刻み込み、明日に向かって、未来に向かって歩み出した。


 果たして彼女は本当の自由を掴めるのか。

 それはまだ誰にも分からない。

 だが彼女とその盟友を取り巻く戦いはまだまだ続くのであった。


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