第44話 それぞれの思惑


---三人称視点---



 リーファ達が去った謁見の間。

 国王ネビル二世は、王太子、それとローラン宰相と大貴族達が立ち並ぶ中、

 自分の息子に視線を向けて、彼に問うた。


「ラミネスよ、そんなに彼女が気に入ったのか?」


「え、ええっ……正直二度も振られて気落ちしております」


 と、珍しく弱気なラミネス王太子。

 そして国王はそんな王太子を優しい口調で慰める。


「まあお前が彼女に惹きつけられたのも頷ける話だ。

 彼女は美しく、聡明で、気品もある貴族令嬢の鏡のような女性だ。

 だがアレは大人しく王宮に留まるようなタイプではない。

 王族の妻には相応しくないタイプじゃよ」


「……そうかもしれませんね」


「ラミネスよ、そう落ち込む必要はない。

 お前がその気になれば、正妻も寵姫もいくらでも手に入る。

 だがそれ以上に大事なのは今後の国政だ」


「……国政ですか?」


「嗚呼、我々は戦乙女ヴァルキュリアという手駒を手に入れた。

 だがあまりにも強力な駒であるが故に、

 サーラ教会をはじめとした諸外国も彼女を籠絡させんと、

 様々な手を用いるだろう。

 だからお前にワシの代わりに国政を任せるから、

 今後はお前がこのアスカンテレス王国を統治していけ」


「……父上、本気ですか?」


 王太子は探るような目つきで国王を見据える。

 するとネビル二世は「ふん」と鼻で笑った。


「……何を言うか、お前はこの反乱騒動が起きるまで

 ワシの事など歯牙しがにもかけなかったであろう。

 どうせワシはもうすぐ死ぬ、あるいは『終わった人間』

 とでも思っていたのであろう?」


「……」


「ふふふ、そういう所がまだ青いんじゃよ。

 ラミネスよ、確かにお前は若くて容姿にも優れており、

 頭も良くて腕も立つ、今のお前が若者特有の万能感を

 持つのも無理はない。ワシも若い頃は似たようなものじゃった」


「そうですか……」


 まるで心が見透かされているようだ。

 ラミネス王太子は表面上は平静を装いながらも、

 内心では眼前の国王の言葉に肝を冷やしていた。


 だが国王はそんな事も全て見抜いた。

 これは別に国王が特別優れていた訳ではない。

 ただ彼も若い頃は、眼前の息子と同じような道を辿った。


 だから過去の自分を見る感覚で、

 かつて自分が父親に言われた事をそのまま告げているに過ぎない。

 だが若い王太子には、それが正体不明の異様な何かのように感じた。


「……父上は私に対して、お怒りになっているのでしょうか?」


「いや……お前はワシが云うのも何じゃが、

 優秀な王子だと思っているぞ、だがその若さは最大の武器であると同時に

 弱点でもある、その事をよく覚えておくがよい」


「……はい」


「そういう訳だ。 だからローラン宰相。 

 それとアルファム公爵やその他の大貴族の者よ。

 この若い王太子を卿等にも支えて欲しい」


「陛下、勿論でございます」


 と、初老のローラン宰相が軽く頭を下げる。


「我々、貴族も王太子殿下を全力でサポートします」


「我々もです!」


 アルファム公爵や他の貴族も自分の存在をアピールする。

 こうしてラミネス王太子が政務の実権を握る事になった。

 

「それではもうみな下がるが良い」


「「「はっ」」」


 国王の言葉と共に王太子、宰相、貴族達も謁見の間から去った。

 そしてラミネス王太子は、

 王宮の廊下を歩きながら、一人物思いにふける。


(……私は少し自惚れていたのかもしれない。

 私は父上を、国王陛下を何処か侮っていたが、

 やはり国王は国王、今の私には思いもしない

 考えや政治的判断を持っていたのは、流石の一言に尽きる)


(……若さが最大の武器で有り、そして弱点でもあるか。

 私はこの国の王太子として生まれて、

 容姿、頭脳、身体能力にも優れていた。

 父上の言うのように自分を「神に選ばれた子」と思う事もあった。

 だが今回の反乱騒動を裏で仕組んだ黒幕が父上とは思いもしなかった)


(恐らく父上は私とナッシュ、どちらか次の国王に相応しいか、

 ふるいに掛けたのであろう。 その結果、私が選ばれて、

 ナッシュは惨めな最後を迎える事になった)


 それ自体は仕方なかった事であろう。

 ナッシュのような王族は、けして珍しい存在ではない。

 むしろラミネス王太子のように、

 知勇の均衡のとれた王族の方が希有けうである。


 彼自身その自覚があった。

 そして国王の指摘通り「自分は特別な存在」と思いながら、

 毎日、勉学と武術、剣術、用兵術に磨きをかけて日々邁進していた。

 だがそんな彼も今回の国王の真意は読み取れなかった。


「……自信は大事だが、過度になれば自惚れとなる。

 私はその事を覚えていた方が良さそうだ」


 王太子はそう一言漏らして、

 気を引き締めて、アスラ宮殿を後にした。

 彼の現時点での考えや判断は特に間違ってはいなかった。


 だが謁見の間の玉座に座する国王ネビル二世の心境は――


(ふふっ、今頃ラミネスは一人物思いにふけている頃だろう。

 奴の中でワシの評価が上がり、ワシの事を少し恐れているだろう。

 だがそれは奴が若いという証拠だ)


(本音を云えば、ワシは国や国民より自分の生活を優先させたい。

 だからその為にここ数年病気のふりをして息子等の様子を見ていた。

 じゃがハッキリ云ってナッシュはあまりにも愚かであった。

 奴は兎に角、堪え性がなく、

 この世が「王族であるが故に何でも思い通りになる」

 と本気で思っていた愚か者であった)


(対するラミネスは王族の鏡というべき存在であった。

 あえて欠点を述べるのならば、「自分に自信を持ちすぎている」

 という王族や大貴族にありがちな性格であったが、

 それらの欠点よりも奴の場合は長所や能力が上回っている)


 そこで国王の唇から小さく息が漏れる。

 周囲には警備兵が数名居るだけであった。

 そして国王は冷めた瞳で虚空を見据えた。


(だからワシとしては、このまま奴に政務と軍務を任せて、

 美酒を片手に美女に囲まれて、気楽な隠居生活を送りたい。

 奴はまだ若いから分からないかもしれないが、

 政務や軍務といった王族にとっての遊戯ゆうぎにも

 いずれ飽きがくる、少なくともワシはそうであった)


(だが生真面目なラミネスの事だ。

 奴は国政に関しては常に真面目に行うだろう。

 だからしばらくは奴に国政を任せておこう。

 ワシは優雅な生活が送れるだけで文句はない。

 どうせ後、二、三十年の人生だ。

 それまで国王として好き勝手に自由に生きる)


 結局、国王といえど一人の人間。

 だからネビル二世の生き方が特に間違っていた訳ではない。

 王族や貴族の中では特に珍しい事でもない。


 こうしてそれぞれの思惑が交錯する中、

 エレムダール大陸の各国の動きが俄に活性化して、

 いずれは大陸全土を巻き込んだ大戦争が起こるのであった。


 だがこの時点ではまだ国王や貴族。

 また多くの市民等がその事実に気付く事はなく、

 これまでの日常と変わることのない日々を送っていた。


 またリーファとその盟友も戦場から離れて

 有意義な休暇を楽しんでいた。

 そして三日後の7月21日。

 

 国王は約束通りフォルナイゼンていとその財産の一部を

 リーファに返還した。 これによってリーファはようやく

 色々と失った物を取り返す事が出来た。

 でも彼女はそれで満足する事はなく――


(これでようやくスタート地点に戻ったわ。

 でも私はこれくらいでは満足しないわ。

 必ずもっと大きな戦果を上げて、

 自由を掴んでみせるわっ!!)


 と、新たな決意を固めて、生家の正門を潜るのであった。


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