第43話 唯一無二


---主人公視点---



 マリーダ達が退場すると、

 謁見の間には国王陛下、王太子殿下、宰相閣下。

 そしてアルファム公爵を筆頭に数名の大貴族と

 数名の警備兵だけとなり、周囲は静まりかえった。


 そして国王陛下は豪奢な玉座から立ち上がり、私の傍に歩み寄る。

 それと同時に私はその場で恭しく片膝をついてこうべを垂れた。


「リーファ殿。この度は貴公には大変お世話になったな」


「……いえ私は自分の役割を果たしただけです」


「余としては貴公の働きに報いてやりたい。

 没収した屋敷や財産だけでなく、

 貴公には何らかの形に残るものを与えたいと思う」


「国王陛下、私は屋敷や財産を相続するだけで満足です」


「ふむ、貴公は本当に無欲だな。

 でも余としては、やはり貴公に何か与えたいと思う。

 ……ラミネス、何か良い案はないか?」


 国王陛下がラミネス王太子にそう問う。

 するとラミネス王太子はしばし考え込んだ。

 そして考えがまとまるなり、次のように述べた。


「そうですね、フォルナイゼン侯爵から剥奪した

 爵位を与える、というのは少し難しいでしょうね。

 彼女はまだ十六歳、そんな彼女に侯爵という地位を

 与えたら、周囲の貴族も良い顔をしないでしょう」


「……そうじゃな、流石にそれはやりすぎじゃな」


「ええ、ですから彼女には騎士爵、それも最高騎士爵を

 与えてみてはどうでしょうか?」


「成る程、騎士爵か。 それは名案じゃな」


「はい、私も良い話だと思います。

 リーファ殿、君もそう思うだろ?」


「……はい、身に余る光栄です」


 ……騎士爵か。

 そうね、騎士爵ぐらいなら周囲の嫉妬は買いそうにないわね。

 ここで断ったら、国王陛下の不興を買う可能性もありそうね。

 だからここは素直に国王陛下のご厚意に甘えましょう。


「それならば私としても謹んで拝命いたします!

 そして私はこれから先もアスカンテレス王国の為に戦い続けます」


 私はそう言って、カーテシーを深々と行った。

 すると国王陛下、王太子殿下、そして宰相閣下、アルファム公爵が拍手した。


「うむ、とりあえずはこんな所かのう?

 今後戦場で新たな戦果を上げれば、新たな褒美を与えたいと思う」


「国王陛下のお心遣い、誠に感謝致します」


「うむ、だが余としては一つだけ申しておきたい事がある」


 国王陛下はそう言って、真顔になった。

 何かしら?

 ここは真剣に耳を傾けるべきね。


「貴公――リーファ殿はあくまでアスカンテレス王国の騎士及び戦乙女ヴァルキュリアという事を覚えていて欲しい、貴公は貴重な戦乙女ヴァルキュリア。それ故にサーラ教会を初めとした諸外国の重鎮が貴公に今後も接触するであろうが、貴公の帰る場所はこのアスカンテレス王国、という事を忘れないで欲しい」


「……はい、重ね重ね承知しております」


 要するに今後も王国の為につかえよ。

 そして諸外国と接触する事を控えろ、という事でしょうね。

 でも国王陛下がそう思うのは無理もないわ。


 国王陛下のお立場からすれば、

 戦乙女ヴァルキュリアという駒は軍事的にも政治的にも色々使えるが、

 扱い方を間違えれば、「諸刃の剣」にもなる危険な存在になり得る。


 だから貴公が忠誠を尽すのは、あくまでアスカンテレス王国だ。

 と言いたいのでしょうが、戦乙女ヴァルキュリアになる為の試練には、

 サーラ教会の教皇聖下や枢機卿の方々のご助力があったのは事実。


 故にこの件に関しては、

 状況に応じて王国か、教会に従うかはその都度見極める必要があるわね。

 とはいえここは無難な応対でこの場を乗り切りましょう。


「はい、私もその事を深く胸に刻んでおきます」


「うむ、ではもう下がってよいぞ」


「はい、失礼致します」


 私は国王陛下に小さく頭を下げて、踵を返した。

 だがその直後にラミネス王太子が急に私を呼び止めた。


「――リーファ殿、しばし待たれよ」


「……何でございましょうか?」


 すると王太子殿下は真顔になって、予想外の言葉を発した。


「もう一度君にお願いする。

 リーファ嬢よ、どうか私の妻になってくれないか?」


「……」


 ……えっ?

 私も予想外の言葉に思わず混乱した。

 だがこれは私だけでなく、周囲の人達も驚いていた。


「……えっと」


 もうしかして私、また王太子殿下に求婚されてる?

 ……私は視線を王太子殿下に向ける。

 王太子殿下の表情から察するに本気のようだわ。


 ……困ったわね。

 さて、どうしたものかしら?


 相手は王太子殿下。

 更には国王陛下や宰相閣下もこの場に居る。

 ここを無難に乗り越える選択肢は……あまりなさそうね。


 ……どうしよう、でもとりあえず王太子殿下の顔は潰しちゃ駄目ね。

 とりあえずは様子を見ましょう、とりあえずはね。



---------


「……ラミネス、本気なのか?」


「はい、父上。 私は本気で彼女に求婚しています」


「……そうか」


 国王殿下と王太子殿下がそう言葉を交わす。

 どうやら彼も本気のようね。

 しかし同じ相手に二度も求婚するとは……。


「リーファ嬢、君の素直な気持ちを聞きたい」


「え、え~と……それは……」


 駄目だわ、何て答えていいか分からない。

 でも本音を云えば、彼の求婚を受けるつもりはない。

 

 私はあのナッシュ王子の婚約破棄、そして追放。

 更に王太子殿下から一度目の求婚、とこの国の王族には散々振り回された。

 だからもう軍務や政務以外では、王族と接触したくない。


 というのが私の本音だが、相手は王太子殿下。

 私もストレートにその言葉を投げかける度胸は流石にない。


「ラミネス、彼女の何処が気に入ったのじゃ?」


 と、国王陛下。


「強いて言うなら全てです。

 彼女は美しいだけでなく、気高くて強さを秘めた女性。

 彼女のような女性こそ王家に加えるべく存在だと思います」


「……ふむ、成る程」


 ……。

 王太子殿下、正直言ってそれは褒めすぎです。

 でも彼の目は真剣だ。

 だからここは国王陛下の言葉を待ちましょう。


「確かにな、彼女のような女性、人材はおいそれと居るものではない。

 だがラミネス、ワシは彼女をお前の妻に迎える事は反対だ」


 ……。


「な、何故ですっ!?」


「うむ、理由はいくつかあるが、

 この際、ハッキリ言っておくか」


「……是非その理由をお聞きかせください」


 王太子殿下がその双眸で国王陛下を見据える。

 すると国王陛下は流暢な口調で反対の理由を述べていく。


「まず全てにおいて彼女が戦乙女ヴァルキュリアというのが反対の一番の理由じゃ。

 確かにリーファ殿は素晴らしい女性じゃ、それはワシも認める。

 だが彼女は女神サーラと契約を結んだ際にいくつかの制約を受けた筈。

 リーファ殿、貴公は女神サーラと契約を確かに結んだのだろ?」


「……ええ、そうでございます」


「うむ、となると彼女の肉体にも変化が起きているだろう。

 戦乙女ヴァルキュリアになった者は、契約の際に高い肉体の再生能力を

 女神から授かるが、その際にその対象者の肉体年齢はその時点で止まる。

 これがワシが反対する理由の一つだ」


「……そ、それの何が問題があるのですか!」


「ラミネス、さといお前でもすぐにはこの意味が分からんか。

 ならば教えてやろう、御婦人を前にして言うのもアレだが、

 彼女の肉体年齢が止まるという事は、「月のもの」も止まる。

 という事じゃ、そして更に言えば今の彼女は妊娠できない状態になっている」


「な、なっ!?」


 思わず絶句する王太子殿下。

 というか私も驚いているわ。

 だって女神サーラはそんな事は言わなかったわ。


 でも考えてみれば充分有り得る話よね。

 何も代償もなしにこんな力を得られる訳ないわよね。

 だけどこれは私にとって追い風になりそうね。


「つまり彼女は世継ぎを産めないのじゃ。

 これは王家としては非常に困る問題である」


「り、リーファ嬢、この話は事実なのですか!?」


「ええ、確か契約の際にそう言われたと思います」


「……そ、そうか」


 目に見えて落胆する王太子殿下。

 殿下、ごめんなさいね。

 これに関しては嘘を言ってるわ。


 だけど私はしばらくは誰とも結婚するつもりはない。

 もう二度と婚約破棄や追放などされたくない。

 その為ならば王国や教会の為に戦う方がマシなくらいよ。


「ラミネス、そういう訳だ。

 彼女の事はきっぱりと諦めるがよい」


「……はい」


「それに今の彼女は唯一無二の存在でもある。

 王国内での反乱騒ぎは収まったが、

 帝国との戦いはまだまだ続いておる。

 そして彼女には最前線に立って、帝国軍と戦ってもらうつもりじゃ」


「はい、私もそのつもりであります」


「うむ、リーファ嬢、今後も貴公の活躍を期待しているぞ」


「はいっ、国王陛下のご期待に沿えるように全力を尽します」


「うむ、ならば貴公はもう下がるが良い」


「はっ!」


 そして私は再び踵を返した。

 今度はもう呼び止められる事はなかった。

 とりあえずこれで王太子殿下も納得したでしょう。


 でもまさか子供を産めない身体になってるとは……。

 正直これに関しては結構ショックが大きいわ。

 最低でも後十年は子供を産めないのね……。


 だけどそれも仕方ないわよね。

 私はもう戦乙女ヴァルキュリアなんですからね。

 普通の女性のような幸せを望む事は出来ない。


 でも私は必ず幸せになってみせるわ。

 もう家柄や婚約、結婚などで振り回されるのは御免よ。

 だからこの手で帝国軍を倒して、

 国王陛下、あるいはサーラ教皇から多大な恩賞をもらって、

 何処かの避暑地に別荘でも建てて、静かに暮らしたいわ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 アストロスとジェインが心配そうにそう言った。

 彼等なりに私を気遣ってくれてるのね。


「ええ、大丈夫よ。 それより今から私のお屋敷に来てもらえないかしら?

 屋敷の掃除や荷物の整理などをしたいので、男手があると助かるのよ」


「勿論です」「うん」


「私もお手伝いします」と、エイシルも賛同する。


「とりあえず執事やメイドをどうするかも決めたいし、

 私も久しぶりの生家でゆっくりしたいわ」


「「そうですね」」「うん」


 色々あったけど、何とか生家を取り返す事が出来たのは素直に嬉しい。

 あそこにはソフィアお母様との思い出もたくさん詰まってますからね。

 そして私は盟友を引き連れて、王都の居住区へ向かった。

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