第42話 断罪(後編)


---主人公視点---



「お、お義姉ねえさま……」


 マリーダが涙ぐみながら、懇願してくる。

 凄い演技力ね。 この女の本質を知らなかったら騙されるでしょうね。

 この顔でナッシュ王子に迫ったんでしょうね。


 でも私には通じない。

 こんな猿芝居で許す程、私は甘くない。


「……私をお義姉さまと呼ぶなぁっ!!」


 気がつけば私は大声で怒鳴っていた。

 この女に姉と呼ばれると虫唾が走るわ。

 でもマリーダはそれでも諦めない。

 まあ何せ自分の命がかかってるから無理もないわね。


「……で、でもお義姉さまはお義姉さまです。

 確かに私達には血の繋がりはありませんが、

 私達は二年余り一緒に住んだ家族であります」


「その結果、その義姉から婚約者を奪い、

 挙げ句の果ては実家から追放したのは誰かしら?」


「そ、それはナッシュ様のご、ご意向ですわ。

 お義姉さまもご存じの通り、あの方は強引な方でしたから……」


「成る程、死人に口なし、ってわけなのね」


「い、いえ……け、けっしてそのそうなつもりですわ」


 図星ね。

 そしてマリーダは視線を母であるアクアに向けた。

 するとかつての義母ぎぼは、

 引きつった笑顔を浮かべながら、美辞麗句びじれいくを並び立てた。


「そ、そうよ。 リーファさん、どうか復讐なんて馬鹿な真似はお止めなさい。

 復讐は復讐を生むだけです。 ここでリーファさんが復讐をしなければ。

 全てが丸く収まりますわ、ですから……」


「私と貴方はもう他人、だから慣れ慣れしく「リーファさん」と呼ばないで欲しいわ」


「で、でも貴方は私の娘の一人である事には――」


「私の母親はソフィアお母様一人よ。

 貴様如きに私の母親づらをされる筋合いはないっ!

 もし同じ事を二度言えば、この場で今すぐ叩き斬ってくれるわっ!」


 気がつけば、私はまた大声で叫んでいた。

 そして無意識の内に、剣帯の聖剣に右手を添えていた。

 これは脅しなんかじゃない。


 私はそれくらい本気で怒っている。

 目の前の女もそれを感じ取ったのか、

 右隣で跪く夫に助けを求めた。


 すると父親――その男は酷く狼狽した表情になる。

 相変わらず優柔不断を絵に描いたような男ね。

 

「あ、貴方……何とか仰ってください」


「し、しかしなぁ。 この状況下では……」


「お義父様! お義姉様をお止めください!!」


 母子にせっつかれる優柔不断な男。

 するとその男はこちらに視線を向けて情に訴えかけた。


「……リーファ」


「……何かしら?」


「今更許される事じゃないと思うが、

 お前には悪い事をしたと思う。

 だからお前が私達を憎む理由は分かる」


「すみません、お前呼ばわりは止めて頂けるかしら?」


 今更、父親づらされたくないのよ。

 もう私の中でこの人は意味をなさない人間だから。


「し、しかし私はお前の父親だぞ?」


「その父親が娘を見捨てて、追放したのよ?

 そういう仕打ちをしておいて、

 いざ自分の番となったら「許せ」とい言う。

 そんな自分勝手な話が通ると本気で思ってるのかしら?」


「……ではお前は――」


「だからお前と呼ばないで頂戴」


「……私達を処刑する……つもりか?」


「……」


 本音を云えばそうしたいという気持ちもあるわ。

 でもいざそれを実行したら、私の心に影を落とす事になるだろう。

 どんなに嫌いでも、かつてはこの三人は私の家族だったのだから。


 それに世間体もあるわ。

 彼等には未来はないけど、私には未来がある。

 だから極力悪評が立たないようにすべきだわ。


 ならば私が取る手段は一つ、

 眼には眼を、歯に歯を、追放には追放を!!

 

「国王陛下、この者達の処分を決めて宜しいでしょうか?」


「うむ、それでどうするつもりじゃ?」


「はい、この者達を僻地に追放してください。

 それとフォルナイゼン侯爵の爵位を剥奪。

 更に彼等の有する屋敷と財産を没収。

 それから没収した屋敷の所有権を私に頂けませんか?」


「「「なっっ!?」」」


 声を揃えて驚くかつての家族。

 一方、国王陛下は思案顔になり――


「その程度で良いのか?

 何なら没収した財産を全て貴公に渡しても良いぞ?」


 ……国王陛下はなかなか太っ腹ね。

 気持ち的には財産を受け取りたいけど、

 あまり強欲な女だと思われたくもないわ。

 だから私は畏まった口調で国王陛下の問いに応じる。


「国王陛下のお気遣いに深く感謝します。

 ですが貴族の領地と財産は元々国家の物。

 そしてフォルナイゼン家はその国家に対して弓を引いた逆賊。

 故にそれらの物は国王陛下及び国家にお返しするべきです」


「うむ、貴公は無欲だな。

 だが屋敷の管理や維持費、従者の給金の問題もある。

 だからここは財産の一部でも良いから受け取っておくが良い。

 貴公は国家に対して、それだけの働きをしたからな」


「……それでは一部だけでも、お受け取りさせて頂きます」


「うむ、これで全てが丸く収まったな」


「ええ」


 国王陛下の人となりはこれまであまり知らなかったけど、

 想像以上に話が分かる方な上に、

 政治的取引にも長けた人物のようね。


 これだけの好条件を与えられたら、

 私としても断る理由はないし、

 これから先も戦乙女ヴァルキュリアとして国家に忠誠を尽すしかない。


「しかし僻地に追放か。

 ラミネス、何処か良い場所はないか?」


「父上、それならばネルバ島とかはどうでしょうか?

 あそこの開拓民として、一生農奴として働く。

 という感じで罰すればリーファ殿の溜飲も下がるでしょう」


「ああ、確かそんな島があったな。

 うむ、リーファ殿もそれで構わぬか?」


「ええ、私は構いませんわ」


「うむ、ならば国王の名において命ずる。

 マリーダ・フォルナイゼンとその両親を

 ネルバ島へ流刑する、貴公等も依存はないな?」


「「意義なしっ!!」」


 ラミネス王太子、宰相、アルファム公爵も声を揃えて同意する。

 それと同時にマリーダ達が醜く喚きたてた。


「い、嫌よ! そんな島になんか行きたくないわぁっ!!」


「こ、国王陛下、どうかお慈悲を、お慈悲を!」


 マリーダとその義父が見苦しく騒ぎ立てるが――


「やかましいわ、おい! 此奴らを黙らせよっ!!」


「御意」


 国王陛下に言われるがまま、

 兵士達がマリーダ達の身体を両手で取り押さえて、

 そのまま謁見の間から追い出した。


「……」


 これでとりあえず私の復讐は終わったわ。

 正直言ってあまり気分は良くない。

 でもあの連中をこの場で許しても、

 その後何らかの形で意趣返しされたでしょう。


 だからこれは私自身の過去との決別。

 多少の気分の悪さがあっても、

 この決断は今するしかなかったのよ。


 でもこれで私は過去と決別する事が出来た。

 そして私が生まれ育った生家せいかも奪い返せた。

 だけどあの屋敷を維持するとなるとそれなりのお金が必要ね。


 だからここは国王陛下の好意に甘えましょう。

 ……でもこれで一つ私を縛るものを消す事が出来た。

 本当の自由を掴むまでは、

 まだいくつかの問題を解決する必要があるでしょうが、

 とりあえず今はこれで良しとしておきましょう。


 ……でも何だか少し気が晴れてきたわ。

 うふふ、結局私自身、あの三人に復讐したかったのね。

 でもこれであの三人は人生の表舞台から退場した。


 だからこれからは過去を振り返らず、前を見て進みましょう。

 いずれにせよ、これでアスカンテレス王国における反乱騒動に決着がついたわ。

 だが幸か不幸か、私は国王陛下とラミネス王太子殿下の庇護を受ける代わりに、

 戦場という舞台で戦い続ける事を求められる事となった。


 でもそれは百も承知よ。

 何せ私は戦乙女ヴァルキュリアですからね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る