第40話 破滅


---三人称視点---



 王都アスカンブルグのとある離宮の一室。

 その一室で侯爵令嬢マリーダが怒気をはらんだ声で、

 周囲の執事やメイド達を罵倒していた。


「何してるの、遅いわよっ!!

 さっさと荷物を運びなさいよっ!」


 自分は何もせず、只怒鳴るだけ。

 そういう所は良くも悪くも貴族的であった。

 だが命令された従者達は不満顔である。


「……何よ、その眼は?」


「……いえ、ところでお嬢様は何処の国に亡命されるんですか?」


 と、二十代半ばの男性ヒューマンの執事がそう問うた。

 するとマリーダは柳眉を逆立てて、犬のように吠えた。


「亡命っ!? 亡命じゃないわよっ!!

 一時的に国外退去するだけよっ!」


 それを「亡命」という言うんじゃないかと。

 その青年執事――リックスは内心で毒づいた。


「しかしそれならば運び出す荷物は、

 金貨や宝石などの資産価値が高い物を

 優先すべきではないでしょうか?

 このような状況で舞踏会や夜会のドレスを

 わざわざ運び出す必要はないと思われます」


 リックスの言う事はある意味正しかった。

 国外退去――亡命の際に大切なのはいかに資産価値の高い

 物品を持ち出す事だ。 だから端的に言えば衣類などは、

 亡命先で調達するべきであった。

 

 だが相手はマリーダ。

 そんな正論など通用する相手ではない。


「まあこの私に反論するなんて、従者のくせに生意気よっ!!


「……ところで亡命……国外退去先の伝手つてはあるのですか?」


「……ないわよ、でも私は大国アスカンテレスの侯爵令嬢よ?

 言うならば私は上級貴族。 だから退去先なんてすぐ決まるわよ」


「……つまり明確な伝手はないんですね?」


 淡々と問うリックス。


「……これもあの人、ナッシュ王子が死んだのが悪いのよ。

 あの人が王位継承争いで負けて、死ぬのは計算外だったわ。

 本当に最後まで使えない人だったわ、おかげで私がこんな苦労を……」


 ナッシュ王子は、仮にもマリーダの婚約者であった。

 それを死を悲しむどころか、この場においても平然と悪口を言う。

 しかも元々は義姉の婚約者だった相手だ。


 それを強引に奪い、婚約破棄させて自分と婚約を結ばせた。

 それを感謝するそぶりはなく、さも当然といった様子であった。


 ――これはそろそろ縁の斬りどころだな。

 ――少々遅いかもしれんが、私も自分の身が可愛い。

 ――故に生き残る為にこの莫迦ばかな娘に……。


「マリーダお嬢様、退去先で私達のお給金はお支払いして頂けるのですか?]


「まあぁっ……こんな時にお金の話をするなんて!!

 貴方達はこれまで、どれだけフォルナイゼン家に世話になったと思っているの?」


「いえ……我々も自分の生活がありますから。

 それと我々は貴方の従者ではありますが、奴隷ではありません」


「まあぁっ! 何よ、その言い方っ!!

 もういいわ、リックス! 貴方はクビよ、この場でクビよっ!!」


 後先考えずクビを告げるマリーダ。

 するとリックスは僅かに口角をつり上げて――


「クビですか、ならばこれで私とアンタをつなぎ止めるものはないな」


「なっ、なっ……アンタですって!!」


五月蠅うるせえぞ、このクソ女ぁっ!!」


「っ!?」


 リックスが顔を強張らせて怒鳴った。

 そしておもむろに右手で、マリーダの襟首を掴んで身体を持ち上げた。

 そこから左手でマリーダの腹部を強打。


「げ、げはぁっっ!?」


 溜まらず嘔吐くマリーダ。

 そこからリックスはマリーダの身体を床に押しつけて、組み伏せた。


「もうお前は終わりなんだよぉっ!!

 いつまでも令嬢面して、偉そうにしてんじゃねえよっ!

 おい、お前等、お前等もこのままだと破滅だぞ?

 助かるか分からんが、俺はこの女を王太子殿下とお嬢様――リーファ様に

 突き出すつもりだ。 そうでないと俺達も破滅するぞ!!」


 そう言って周囲を焚きつけるリックス。

 だが周囲の者は躊躇う事なく、彼に追従した。


「リックスの言うとおりよ。 

 リックス、この縄でその女をふん縛って頂戴」


「ミリア、ありがとうよ。

 他の連中もこれでいいよな?」


「ああ」「はい」


 周囲の従者やメイドもリックスに賛同する。

 そしてリックスは縄でマリーダの身体を拘束した。


「ご、ごほっ、ごほっ……やめなさい、やめろっ……」


 この状況下でも強気を貫くマリーダ。

 いやこの状況下でも自分の立場を理解してなかった、というべきだろう。

 

「やかましい、黙れっ!」


「い、痛っ!!」


 リックスは左手でマリーダの頬をぶった。

 するとマリーダもようやく自分の置かれた状況を理解した。

 だが時既に遅し、破滅の時がやって来た。


「動くなぁっ!!」


 部屋の扉が乱暴に開けられるなり、

 黒い軍服を着た十人に及ぶ憲兵隊が突如現れた。

 それと同時にリックス達は、両手を挙げてその場で無抵抗をアピールする。


 すると隊長格の男性憲兵が部屋を一望して、

 その視界に地面に倒れたまりだの姿を捉える。

 そして右手に持った逮捕容疑の書かれた羊皮紙を突きつけて――


「マリーダ・フォルナイゼン!

 貴公を国家反逆罪と共謀罪で逮捕するっ!

 他の者達は重要参考人として同行してもらう」


「た、逮捕ですって!?」


 表情を強張らせて叫ぶマリーダ。

 それに対して隊長格の男性憲兵は淡々と応対する。


「これは国王陛下の命令である。

 故にどのような立場の方でもこの決定には従ってもらう!

 ……まあ既に拘束されているようだな。

 ……とりあえずアスラ宮殿まで連行するぞ、おいっ!」


「「はっ!!」」


 そして二人の男性憲兵がマリーダの身体を起こして、

 両手を拘束しながら、部屋の外へ連れ出した。


「い、嫌よ、嫌よっ! こ、これはあの女――リーファの陰謀よっ!

 あ、貴方達も騙されているのよ、だから今すぐ私を解放しなさい!」


「――連れてけ!」


「「はっ!!」」


 隊長格の男性憲兵はマリーダを無視して、自らの職務を全うする。

 このような状態でもマリーダは、自分勝手の自己弁護と言い訳を

 繰り返したので、最後にはその口に布で猿轡さるぐつわを噛まされた。


 こうしてマリーダの破滅はほぼ決定した。

 だがまだ終わりではない。

 これから彼女は国王及び王太子の手によって裁かれる。


 そしてその場に若き戦乙女ヴァルキュリアリーファも同席する予定である。

 果たして彼女はその席で何をするか、

 いずれにせよ、これでマリーダの身に、

 「破滅」という二文字が訪れようとしていた。

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