第39話 兄弟対決


---三人称視点---



「く、くっ……こうなればやってやるっ!

 や、やってやるぞおおおぉっ!!」


 ナッシュ王子は気勢を上げながら、

 遮二無二に漆黒の剣を振るう。


 だが彼の剣術の技量は中級レベルにも達してない。

 王位継承権を持つ王子だから、当然剣術の訓練は受けていたが、

 お世辞にも剣術の才能があるとはいえなかった。 

 対するラミネス王太子は上級から英雄級の間くらいの腕前。


 二人の技量の差は大人と子供くらいの差があった。

 更にナッシュ王子は、これまでの人生を全て臣下に任せて生きてきた。

 彼は王子という地位に胡坐を掻いて、自身を磨くような努力とは無縁な人生を歩んできた。 


 つまり彼は王子という地位以外で、何かを成した事はただのひとつもない。

 それ事態は珍しい事ではない。

 他の王子や王女の中にも同じ様な者は存在する。


 だがこうした命を懸けた真剣勝負では、彼らのような存在は何処までも無力である。少なくとも戦場で修羅場を潜ってきたラミネス王太子の敵ではなかった。

 ナッシュとラミネス王太子の剣による斬撃の応酬が繰り広げられる。


 だが体力のないナッシュの顔に疲労の色がすぐさま滲みでる。

 それを読み取ったラミネス王太子は次第に斬撃で応酬せず、

 軽い身のこなしでナッシュの放つ斬撃を確実に躱す。 


 ナッシュの表情から焦りの空気を読み取り、若き王太子は攻勢に転じた。 

 相手の放つ刃をよけて、がら空きになった顔に目掛けて、

 握り締めた左拳で顔面を殴りつける。 


 鈍い衝撃と確か感触が左拳に伝わった。

 ナッシュはその衝撃でバランスを大きく崩した。 

 その好機を逃さんと若き王太子は、ナッシュの左腕にめがけて白銀の長剣で一閃する。


「ぎ、ぎゃあああ……ああああああぁっ!!」


 その直後にナッシュは金切り声で悲鳴をあげた。

 悲鳴を上げながら、漆黒の剣を地に落とすナッシュ。

 その左手首からは血が止まることなく、流れ落ちていた。


 勝敗がほぼ決まり、ラミネス王太子は第二王子の血で彩られた長剣の柄を強く握りしめる。最早、勝負はついた。

 ゆっくりと前に歩み出て、ナッシュの前に立つラミネス王太子。


「ま、待て!! 待ってくれ、兄上。 

 俺は兄上と血を分けた実弟じっていだぞ? そ、その俺を殺すというのか?」


「見苦しいぞ、ナッシュ。 この私闘は我ら両者が望んだもの。 

 更には国王陛下の御前だ。 第二王子よ、これ以上醜態は晒すな」


 冷気の帯びた声でそう告げるラミネス王太子。


「な、何故だっ!? 何故この俺がこのような目に合わなくてはならないのだ!?」


 子供のように駄々をこねるナッシュ。


「……貴様は私を殺すつもりで決闘に挑んだのであろう? 

 ならば自分自身も殺される覚悟があったのであろう。 少なくとも私はそのつもりだったぞ」


「ま、待てっ! 兄上、早まるな。 わ、わかった。

 お、俺は王位継承権を放棄する事をここに誓う。 だ、だから……だから……」


「……」


 そのような惨めな姿を見てラミネス王太子は哀れみすら覚えた。

 だが仮にここでこの男を見逃したところで、何の解決策にもならない。

 今でこそ恥も外聞も捨てて、命乞いしているが、ひとたび安全になれば確実に手の平を返す。 


 それは火を見るより明らかだ。 ならばここで全てを終わらせるべきだ。

 そうしないと必ず今後の災いの種となる。

 だからラミネス王太子は艶やかな金色こんじきの髪を翻して――


「――ダブル・ストライク!」


 素早く二連撃を繰り出した。

 一発目で胸部を切り裂き、二発目でナッシュの首を水平に切り裂いた。


「――ぐ、ぐあああぁっ……!」


 声にならない声をあげて、ナッシュは首を押さえながら、悶絶する。

 大きく開かれた目は白目となり、その首筋から噴水のように赤い鮮血が飛び散った。 そして口を開閉しながら、前のめりに地面に倒れて、数秒後に動かなくなった。


 返り血を浴びたラミネス王太子は手甲で血を拭い、呼吸を整える。

 これで長年に渡るナッシュとの因縁に終止符が打たれた。

 だがラミネス王太子の心には達成感などなく、むしろ後味の悪さが残った。


 ナッシュは血を分けた実弟である。

 兄弟としての楽しい時間の共有があったわけではない。

 むしろ両者の間には憎しみと敵愾心しかなかったともいえる。


 だがそれでもこの手で血を分けた兄弟の命脈を断つことに言い知れぬ不快感を感じた。しかしこれで一連の騒動に決着がついた。

 クーデター計画は失敗に終わり、しばらくすればその全貌が明らかになるだろう。

 そうなれば多少の混乱は生じても、再び平穏な日々が訪れる事になる筈だ。

 それで万事全て丸く収まる事になるだろう。

 

 国王ネビル二世は亡骸となった第二王子を見て、微かに冷笑を浮かべていた。

 それは生命を肯定も否定もしない何処か達観した笑みであった。

 そしてしばらくすると「パチパチパチ」とその両手で拍手を始めた。


「見事だ、ラミネスよ。 今回の私闘は余が認めたものだ。 

 よって相手が王子であろうが、その罪は問わぬ」


「……お心遣い感謝致します」


「よし、これでこの一連の騒動に決着がついた。

 よって余はこの場において宣言する。

 ラミネス、ナッシュのもとで戦う兵士達に告ぐ。

 両軍もう戦闘を中止せよ、貴公等が争う理由はもうない。

 これは国王命令である、もう一度云う。 これは国王命令であるっ!」


 この国王の宣言によって、

 ラミネス軍とナッシュ軍の兵士達も直ちに戦闘を中止した。

 どういう形であれ、これで一応の決着はついた。


 ラミネス王太子としては、

 実弟に直接手をかけるという少々後味の悪い結果になったが、

 これで彼が次のアスカンテレス王国の国王になる事はほぼ確定した。


 とはいえラミネスの中で父親、国王の存在が突如大きくなり始めた。

 そういう部分も含めて、国王の狙い通りであった。

 そして国王は王太子の傍に立つ若き戦乙女ヴァルキュリアに声をかける。


「リーファ嬢、いや戦乙女ヴァルキュリア殿。

 これで見苦しい兄弟対決は終わりを告げたが、

 まだ後始末が残っている……」


「……後始末ですか?」


「そうじゃ、あの愚息ナッシュの片棒をかついだ者がまだ残っている」


 そう云われてリーファもその言葉の意味を理解した。

 そういえばまだあの子が、あのむすめが居たわね。


「余は今回の反乱騒動に関しては、

 根本から徹底して叩き潰すつもりだ。

 そしてこの後に行われる後始末は、貴公も無関係ではない。

 戦乙女ヴァルキュリア殿、貴公も余の後始末を手伝ってもらえないか?」


「はい、私でよければお手伝いさせて頂きます」


 断る理由は何処にもなかった。

 いやむしろこうして参加させてもらう事は有り難かった。

 あの娘、義妹マリーダにはここで引導を渡しておくべきだ。

 そうでないとあの娘は何度も何度も同じ過ちを繰り返すであろう。


「うむ、実はもう既にあの娘を捕らえるように部下に命じている。

 まあその前に向こうの方から売り込みがあるかもしれんがな」


「……売り込みですか?」


「嗚呼、人間落ち目になると予想外の事態に陥るものだ。

 だが当の本人だけは、過去に囚われて意識と自尊心プライドだけが肥大化したりする。そういう者に対して、周囲の者達はどう行動をするであろうな」


 リーファは何となく国王の云わんとする事が理解出来た。

 成る程、それは充分考えられる事態だ。

 だがどういう形であれ、あの娘には引導を渡すべきであろう。


「国王陛下、私に気を遣う必要はありません。

 陛下が思うように行動してください。

 私は陛下のご判断に従いたく存じます」


「うむ、やはり貴公は出来た娘だな。

 あの愚息――ナッシュには不釣り合いだったのも無理はない。

 まあそれも終わった事だ。 よし、皆の者、よく聞くが良い!

 これから我々は王都に戻る。 そして今回の戦いにおけては、

 ラミネス軍、ナッシュ軍に罪は問わぬ。

 貴公等はあるじの命令に従ったまでだからな。

 王都に戻ったら、また王国軍の一員として余を支えてくれ」


 国王がそう言うと周囲の兵士達は敬礼しながら「御意」と口を揃えて応じる。

 7月16日十六時半。

 こうしてアスカンテレス王国軍同士による戦いに終止符が打たれた。


 これで王国軍同士で争う事はもうなくなるであろう。

 だがまだ最後の後始末が残されていた。

 そしてリーファはその後始末をすべく、

 国王や王太子と共に王都へ帰還するのであった。

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