第38話 咄咄怪事(とつとつかいじ)


---三人称視点---



 澄み切った青空の下でその男は立っていた。

 赤いチュニックと黒スラックスという格好。

 腰には漆黒の鞘に納められた漆黒の剣がぶら下がり、

 背中には純白のマントを羽織っている。

 肩まで真っ直ぐ伸びる白髪交じりの金髪は鈍い輝きを放っていた。


「ナッシュよ、何をそう驚いている? 」


 男――国王ネビル二世は微笑を浮かべて、そう言った。


「い、いえ……」


「……それで戦いに敗れて逃走中、というわけか?」


「い、いえ……その……あの」


 国王の問いにしどろもどろになる第二王子。

 

 ――どういう事だ!? 

 ――な、何故ここに父上が居るんだっ!!

 ――も、もしかして計画を事前に看破していたというのか!?


 その時、後方から追いかけてきたリーファ達がこの場に到着。


「諦めなさい、第二王子! 貴方はもう終わ……えっ!?」


 視界に予想外の人物を捉えるなり、

 リーファは驚愕の表情を浮かべた。


「そなたは確か……侯爵令嬢のリーファ・フォルナイゼン嬢であったな」


「そ、その通りでございます、こ、国王陛下!」


 リーファは追放される前は、

 夜会や茶会などの席で何度かネビル二世と謁見した事があった。

 そして目の前の人物は自分の名前を知っていた。

 だから恐らくこの国王に瓜二つの人物が本人である可能性は高い。


 だがならば何故、療養中の国王が何故この場に居るのだ。

 状況に対して、思考が追いつかない。

 リーファ達だけでなく、それはナッシュも同じであった。

 それに対して謎を解き解すべく、国王が淡々と説明を始めた。


「ふふっ、突然の事態で混乱するのは無理もなかろう。 

 本来ならば療養中の余がこの場に居るのが不思議なのだろう? 

 当然の疑問だ。 だが余も馬鹿ではない。 余はこの反乱騒動を事前に把握してたのだ。 

 そこの第二王子ナッシュとその婚約者マリーダ・フォルナイゼンが裏で糸を引いていたのも全て知っている」


「ち、違います! 父上! いえ国王陛下っ!!」


 国王の言葉にナッシュは臆面もなく白を切る。

 恐らく口八丁でこの場を切り抜けるつもりなのであろう。

 どこまでも浅ましい男だ。 この場に居る誰もがそう思った。


「ふふふ、ナッシュよ。 ならば何故貴公がここに居るのだ?」


「そ、それは……」


「余は別に怒っているわけではない。 むしろ簒奪するという心意気は評価したいくらいだ。 実力なき王者が打倒されるのは当然の事だ。 だが余も平和主義者ではない。 当然降りかかる火の粉はこの手で払う。 それが例え血の分けた息子であってもな!」


 その蒼い瞳を第二王子に向けて、

 国王ネビル二世は綺麗な微笑を浮かべている。


「ち、父上っ!! こ、これには訳があるのです!!」


「……どんな理由だ、申してみよ?」


「そ、それは……」


 ナッシュが視線を左右に泳がせた。

 何か口にしようものも、いい言葉が出てこない。

 そんなナッシュを見据えながら、国王は口の端を持ち上げた。


「ナッシュよ、あまり余を失望させるな。 余は何でも知っているぞ。 

 貴公らが簒奪を試みた事も全て知っている。 その上でその場限りの言い訳に走ると申すのか?」


「な、何故……父上は今回の事態を事前に把握したのですか?」


 言い逃れが無理と知ると、ナッシュは素朴な疑問を問いかけた。

 すると国王はやや芝居がかった口調で、真相を語り始めた。


「余は確かにここ数年は病気で床に伏せていたが、

 それ程、重い病気ではなかったのだ。

 だが余が病気になると、お前やラミネスは影で色々と動くようになった。

 恐らく余が死んだ時の為に、色々と布石を打ってたのだろう。

 しかし余も同様に信頼できる側近に命じて、

 貴公等の周辺に間者を放ち、その動向を逐一報告させていたのだ。

 そしてこの度、余の危篤という情報をあえて流した。

 我が息子達がどのような行動に出るか、この目で確かめたかったのでな」


「なっ、なっ……」


「どうした? 貴公らは余がもう終わるだけの人間とでも思っていたか? 

 だが余にも国王としての矜持はある。 少なくとも簒奪を試みる輩に易々と王位を授けるつもりはない。 この王位が欲しくば――」


 そう言って、国王は腰に帯剣した漆黒の剣を抜剣する。


「――力ずくで奪ってみよ!!」


 そして国王はおもむろに漆黒の剣を投げた。

 するとナッシュの立つ近くの地面にその漆黒の剣が突き刺さる。

 ナッシュは眼を丸くして、地面に刺さった漆黒の剣と国王の顔を交互に見る。

 すると国王はリーファに視線を向けて、次のように告げた。


「リーファ嬢、貴公には色々と苦労をかけたな。

 この愚息ぐそくのせいで、

 貴公には要らぬ苦労を背負わせてしまった」


「……いえ、今はさして気にしておりませんので」

 

「だがこうなった以上には、余もある程度、周囲に示しをつくさねばならぬ。

 おい、そこの兵士達よ、貴公等はラミネスの部下だな?」


「は、はい! そうでございます」


「ならば今すぐ伝令兵をラミネスのもとへ向かわせよ。

 そして『国王の名において、この場に王太子を招喚しょうかんする』と、伝えよっ!」


「ぎ、御意!!」


 国王がそう命じると、

 伝令兵は軍馬に乗って高速で王太子の許に向かった。


 その二十分後。

 軍馬に乗ったラミネス王太子が部下を引き連れて、この場に現れた。


「……ち、父上? 本当に父上なのですね?」


 いつもは冷静沈着の彼もこの時ばかりは驚きを隠せなかった。

 だが彼はナッシュと違い、その場の状況と転換期を読める人物であった。

 だからこの場においては、国王の言葉を静かに待った。

 すると国王は王太子と第二王子の顔を交互に見た。


「ラミネス、聡明なお前といえど余の出現は

 予想外だったようだな、とはいえ今回の件に関しては

 お前を咎めるつもりはない」


「……本当に父上なのですね」


「嗚呼、今回の件は全てはナッシュが身の丈に合わない

 野心を抱いた故に起こった不祥事である。

 その為に同国民同士が戦い、無駄な血が流れた」


「「……」」


 ラミネスもナッシュも黙って国王の言葉を聞いている。


「ここで余が何もしなければ、

 今後も似たような事が起きるであろう。

 だがそうなれば我が国の国力は衰える。

 余は国王としてそんな事態を避ける国策を行う義務がある。

 だから――」


 そう言って国王は右手の人差し指で、

 ナッシュを指さして――


「ナッシュよ。その漆黒の剣を手に取れ。そのつるぎで余を討つか? 

 それとも実兄であるラミネスを討つか? 好きな方を選べ」


「し、しかし父上……」


 と、ナッシュ。


「ナッシュよ。 貴公も王子であろう? ここまで火を焚き付けておいて、

 今更知らぬふりは通用せんぞ。 簒奪を望むか、

 それとも血を分けた兄との因縁に終止符を打つか。 

 貴様も男であるならば最低限のケジメはつけてみせろ!」


 国王の言葉は有無を言わせない迫力があった。

 それを否が応でも感じ取ったナッシュは――


「ク、クソったれえぇぇぇっ!!」

 

 半ば観念したように地面の漆黒剣を拾い上げ、ラミネス王太子の方に向き直る。

 対するラミネス王太子もゆっくりと剣帯から白銀の長剣を抜剣して構える。


「国王の名において命じるっ!!

 この戦いは誰であろうと邪魔する事を許さぬっ!

 そしてこの戦いに勝てば、今回の反乱騒動の責任を不問とする。

 これは国王命令である。 繰り返す、これは国王命令であるっ!」


 ネビル二世が声高らかにそう宣言すると、

 周囲の者達も固唾を呑んで、事の成り行きを見守った。


 こうして血を分けた王位継承者による兄弟対決が始まろうとしていた。

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