第37話 王位継承争い(後編)


---三人称視点---


「我が軍は、何をやっているかぁぁぁっ!!

 あっという間に前線の精鋭部隊が壊滅するとはッ!

何故こうなったのだぁぁぁっ!!」

 

 第二王子ナッシュはヒステリックにそう叫んだ

 拳を握り締め全身を震わせながら、ナッシュ王子は怒りを露わにした。


「……こ、このままでは敵が本陣まで来るのは時間の問題だ。

、伝令兵ッ! 前衛及び中衛部隊に徹底抗戦するように伝えろッ!」


 ナッシュは伝令兵だけでなく、

 周囲の部下達にそう当り散らしながら、手に持った硝子の杯を地面に叩きつけた。

 砕け散る硝子の破片を眼で追いながら、ナッシュ王子は、右手の親指の爪を噛んだ。


 このままでは、俺はお終いだ。

 この戦いに敗れたら、俺はあの兄貴に処刑されるだろう

 

 考えるだけで背筋に悪寒が走ったが、それが現実になりえる状況になりつつある。

 それだけは何がなんでも避けたかった、いや避けるつもりあった。

 そう意気込んでこの戦いに挑んだわけだが、予期せぬ大きな誤算が起った。


 開戦早々、相手の強力な魔法攻撃で一千人以上の兵士が瞬殺された。

 あまりにも非現実的な光景だったので、

 その事実に対してナッシュ王子の思考が追いつくのに、暫しの時間を要した。


 そしてその人物があの追放令嬢リーファと知ると、

 ナッシュ王子は身を震わせて激しく狼狽した。


「ま、魔女だぁっ! あ、あの女は魔女だぁっ!!」


 と、再びヒステリックに叫ぶ第二王子。

 だがその事よりも目の前の非常な現実が彼を更に追い詰める。


「わ、我が軍の劣勢は明らかです、前線指揮官であるカストロ将軍も懸命に奮戦して

 いますが、このままでは……最終防衛線を突破されるのも時間の問題です!」


 この言葉を聞いた瞬間、

 先ほどまでのナッシュ王子の怒りは消し飛んだ。

 そして次第に恐怖という名の得体の知れない魔物が、彼の心を蝕みはじめる。

 ナッシュ王子の表情が青ざめていくのが、傍目から観ても明らかであった。

 それを見越したお目付け役を兼ねていた副官ベスコインは、

 すぐ駆け寄りこう耳打ちする。


「……殿下、万が一に備えて撤退の準備をしてください」


「あ……ああっ……わかった、貴公の云う通りにしよう!」


 ナッシュ王子は、側近達に連れられて、

 逃げるように、兵士達を置いて足早に後退した。

 だが前線の兵士達は、逃げ出す事も許されず、

 真正面からラミネス王太子率いるラミネス軍の驚異的な猛攻から身を挺して立ちはだかった。


 耳障りな金属音を鳴らしながら、白銀の甲冑を身に着けた同じ王国軍兵士が、

 武器を手にしながら突進してくる。

 たちまち激烈な白兵戦が開始されたが、その勝敗は、最初から決まっていたように見えた。


 ラミネス軍の兵士達は、戦斧や長槍を旋回させ、飛び交う矢を弾き飛ばし、

 間合いを詰めると、闘志と殺気に満ちた剣技、技を存分にまで披露してみせた。

 絶叫と金属音が響きわたり、切断された血管や手足から血がほとばしる。


 ラミネス軍の兵士達は返り血を浴び、剣の刃先から血を滴らせて、

 拭う間もなく、新たなる獲物と殺戮を求める。

 斬る、突き刺す、殴り倒す、蹴り倒す、たたき割る、

 といった原始的な戦いが繰り広げられ敵の死体と血を軍靴で踏みつけて

 ラミネス軍の兵士達は前進を続ける。


 最早ナッシュ軍に打つ手はなかった。

 総司令官が戦場から逃げ去ったという情報が兵士達の耳に入ると、

 彼等も闘争心を失い、武器を地面に投げ捨てて、両手を挙げて降伏していった。


 その結果、僅か二時間足らずで、この戦いに終止符が打たれた。

 元々、両軍には大きな力量差があったが、

 ラミネス軍には戦乙女ヴァルキュリアが居て、

 ナッシュ軍には戦乙女ヴァルキュリアが居なかった。

 そして何より両軍を指揮する王子の器量に大きな差があった。


「う、うおおおおおおっ……は、早く王都へっ!!」


 雄叫びを上げながら、ナッシュ王子が全力で鹿毛の軍馬を走らせた。

 その姿にはもう王子としての威厳もなく、一人の逃亡者と化していた。


 ――ク、クソッ!! どうしてこうなった!?

 ――す、全てはあの女――マリーダのせいだぁっ!!

 ――だがここで転移魔法陣でエストラーダ王国まで逃げたら、まだ大丈夫。

 ――お、俺は大国アスカンテレスの王子だ。 

 ――この俺がこんな所で死ぬわけにはいかない!!


 ナッシュ王子は側近を引き連れて、

 リーレンス平原を駆け抜け、転移魔法陣のある王都の離宮へ向う。

 だがその時、前方に無数の人影が見えた。

 その無数の人影が露わになり、先頭に立つ人物がナッシュの視界に入る。


 その人影の姿が露わになると、ナッシュは我が目を疑った。

 そこには本来この場に居るわけがない人物が立っていた。


 身長175セレチ(約175センチ)前後の痩躯の壮年男性。

 白髪交じりの金髪、青い瞳と比較的整った顔立ち。

 そしてその切れ長の瞳は、

 知性と強い意志に裏打ちされた光を見せている。


 服装は赤いチュニックと黒スラックスという格好。

 そしてその上から白い外套マントを羽織ったその男は、

 視界にナッシュを捉えるなり、その形の良い口を僅かに持ち上げた。

 両眼を見開きながら、ナッシュ王子が全身を震わせて、こう漏らした。


「ち、父上っ!?」


 何故、国王ネビル二世がこの場に居たのか、それは謎であるが、

 彼の出現によって、事態は更に複雑な問題に発展しようとしていた。

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