第35話 王位継承争い(前編)


---三人称視点---



 翌日の7月15日。

 ナッシュ王子は王都及びその周辺の冒険者ギルド、

 傭兵斡旋所に大々的に呼びかけて、急遽兵を集めた。


 だが一般的な冒険者や傭兵はこの募集に乗る事はなかった。

 国を二分する王位継承争いに巻き込まれるのは御免だ。

 という彼等の判断は正常であったと云える。


 その結果、集まった者は犯罪者スレスレの冒険者や傭兵が大半であった。

 通常の三倍の報酬に釣られて、集まった無法者や犯罪者まがいな者達。

 そのような者達を率いて、

 ラミネス王太子率いる王国軍に勝てる訳はない。


 多くの者はその事を理解していたが、

 当事者であるナッシュ王子は目先の事しかみず

 その厳然たる事実から眼を反らしていた。


 だが結果的に700人以上の兵が集まった。

 既存の戦力7000人に700人を加えた約7700人という兵力。

 質はどうであれ数としてはそれなりの戦力であった。

 

 すると王都内の貴族や貴婦人、将軍といった立場の者は、

 国を二分する戦いが起きる事に一抹の不安を抱いた。

 そんな彼等、彼女等を取り込むべく、

 ナッシュ王子、そしてマリーダとその母アクアも必死に説得及び懐柔を試みた。


 だが大半の者は彼等の誘いを拒んだ。

 彼等の人望不足という点もあったが、

 貴族や貴婦人といった上流階級の人間は、基本的に保守的である。


 それ故に王太子及び現国王に対して、

 反旗を翻すような真似はしなかった。

 その現実を前にしてナッシュ王子やマリーダ達は狼狽する。


 ならばせめて軍人だけでも仲間に引き入れる。

 という浅ましい思いでナッシュ王子は、

 国内に残された将軍達を口説きにかかった。


 だが現国王派のバイン将軍。

 王太子派のバウアー将軍をはじめとした将軍達は――


「国王陛下の危篤という非常事態に

 国を二分するような戦いには断固として反対します!」


「王位継承争いという名の血塗られた戦いなど

 起こすべきではありません、どうかもう一度お考え直してください」


 と、殆どの将軍がナッシュの誘いを拒んだ。

 この事実にナッシュは強い不安感と焦燥感を募らせた。


(何故だ、何故俺に従わないんだ)


(俺はこの国の第二王子だぞ?)


(それだけ俺に人望がない、という事なのか?)


(このままではマズい。 こうなれは強硬手段に出るべきだ)


 そこで焦りに焦ったナッシュ王子はとんでもない暴挙に出た。

 国王ネビル二世が療養するアスラ宮殿に兵士を派遣して、

 国王の身柄を強引に押さえようとした。


 だがそれを黙って見過ごす程、この国の重鎮達も愚かではなかった。

 国王派のバイン将軍を筆頭に、他の将軍。

 それと国王親衛隊四百人がアスラ宮殿の前で陣取り、

 ナッシュ王子が派遣した部隊と真っ正面から睨み合った。


 ここでナッシュに決断力があれば、

 数に物を言わせて、国王の身柄を強引に押さえただろう。

 だが予想外の事態にナッシュは酷く狼狽した。

 そんな彼に対して国王派のバイン将軍が――


「この状況下で国王陛下に害をなせば、

 貴方は今後、臣下と民の信頼を得る事は出来ないでしょう。

 兵を向けるべき相手を間違わないように!」


 と、伝令兵に命じて、この言葉をナッシュに告げた。

 すると流石のナッシュも事の重大性に気づいて、

 アスラ宮殿に向かわせた兵を撤退させた。


 こうなると残された手は王太子である実兄を戦場で討つ事。

 それを実現したら、自分が王太子に繰り上げされて、第一王位継承者となる。


 実際はそれを実現したところで、

 王族や貴族、民の支持を得る事は出来なかっただろう。

 だがここまで来れば今更引く事も出来なかった。


 そしてナッシュ王子は側近の魔導師に命じて、

 離宮にある自室に転移魔法陣を設置させた。

 更に他の何カ所にも転移魔法陣を設置して、

 最終的の逃亡先としてエストラーダ王国を選んだ。


 もっともこれ自体が馬鹿げた考えであった。

 政争に負けた第二王子を誇り高きエルフ族が

 亡命者として受け入れる可能性は低かった。


 だがナッシュは元々苦労知らずの王族。

 それ故に物事を自分の都合の良いように考える悪癖があった。

 そしてナッシュは7700人に及ぶ兵を率いて、

 アスカンテレス王国の北部にあるリーレンス平原を目指した。


 翌日の7月16日。

 ナッシュ率いる7700人に及ぶ大軍は野営陣を敷いて、

 ラミネス王太子率いる王国軍を迎え撃とうとしていた。


 そしてその日の正午過ぎ。

 ラミネス王太子率いる王国軍がリーレンス平原に到着。

 こうして王太子と第二王子による王位継承争いという名の

 大規模な私闘が始まろうとしていた。



---------


 一方、その頃。

 五千人以上の兵を率いるラミネス王太子は、本陣の床几に腰を降ろして、

 彼の近くに立つ若き戦乙女ヴァルキュリアに語りかけた。


「あの愚弟め、まさか本当にこの私に戦いを挑むとはな。

 まあ良かろう、良い機会だ。 この機に生じて

 あの愚弟の首を取ってくれよう。

 ……この私を甘く見た罪は重いぞ」


「王太子殿下のお気持ちはよく分かりますわ。

 ですが相手の兵は同じく王国軍及び王国の兵士達。

 故に無益な血を流す事は避けた方が宜しいでしょう」


「まあそうかもしれんが、何か良策でもあるのかね?」


 王太子の問いにリーファは大きく頷いた。


「はい、私に兵の一部をお貸しください。

 さすれば我が力を持って、敵兵に強力な魔法攻撃を仕掛けます。

 そこで力の差を思い知れば、矛を収める者も出てくるでしょう」


「成る程、最小限の被害で敵の戦意を削ぐつもりか。

 そうだな、私も出来る事ならば自国の兵士は殺したくない。

 ならばこの場は君――リーファ殿に任せてみよう」


「……ありがとうございます」


「但しあの愚弟は必ず殺すよ?

 君もそれで構わんよね?」


「ええ、それともう一人、始末した方が良い人物が居ますわ」


「……誰だね?」


「私の元義妹マリーダですわ」


 リーファの言葉を聞くと、王太子は「ああ」と頷いた。


「確かにあの者は始末した方がいいな。

 アレはろくな女じゃない。

 このまま生かしていたら、いずれ傾国の悪女となるであろう」


「ええ、私もそう思います」


「うむ、君としてもあの義妹には恨みがあるだろう。

 だからこの機に生じて、あの義妹を始末する事を許そう。

 但しその為には、君の力で敵軍を無力化して欲しい。

 言うならばこれはギブアンドテイク、君もこれで構わないであろう?」


「はいっ!」


「それで具体的な作戦内容を教えて貰えるか?」


 王太子の問いにリーファは「はい」と答えた。

 そして軽く深呼吸してから、ゆっくりと作戦案を述べる。


「作戦、戦術自体は難しいものではありませんわ。

 まず私の周囲に戦士や騎士ナイトで構成した重装騎兵と魔導師部隊。

 それと魔法剣士部隊を配置します」


「うむ、それで?」


「敵の弓矢などを重装騎兵に防いでもらい、

 敵の魔法攻撃には魔導師部隊が対魔結界及び障壁バリアで応対。

 そこで私が能力アビリティスキルを駆使して、

 長距離から魔法攻撃で敵に猛攻撃を仕掛けます。

 そして私が魔力を失えば、

 周囲のは魔法剣士に『魔力マナパサー』してもらい魔力を補充します。

 後は同様に私が魔法攻撃を繰り返して、周囲がそのフォロー。

 という具合で一気に敵の前衛部隊を叩きます」


単純シンプルな戦術だな。

 だが単純シンプルが故に作戦の実行がしやすいな。

 うむ、君の実力は先の帝国との戦いで実証済みだ。

 なので今回も前回同様に君の力で我が軍を勝利に導いてくれたまえ!」


「はい、我が力の全てを捧げて、

 必ずや勝利を掴んでみせましょう!」


「うむ、期待しているよ」


「はいっ!!」


 こうして王太子の判断によって、

 リーファとその盟友、そして彼等をサポートすべく

 重装騎兵と魔導師部隊、そして魔法剣士部隊が

 白馬に乗るリーファの後を追うように軍馬を走らせた。


 ――本当なら私もこんな戦いはしたくない。

 ――だが私は戦乙女ヴァルキュリア

 ――故にサーラ教会やラミネス王太子の為にあえて戦う。


 ――そしてあのナッシュ王子と義妹マリーダの未来を……

 ――この手で握りつぶすわ!

 ――だから私はこの戦いに必ず勝つわ!


 こうして様々な思惑が動く中、

 王太子と第二王子による王位継承争いという名の

 戦いの幕が開けようとしていた。

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