第34話 浅はかな画策


---三人称視点---



 王都アスカンブルグのとある離宮の一室。

 そこでいつものように密談する男女の姿があった。

 男の方はこの国の第二王子であるナッシュ王子。

 女の方はナッシュの婚約者であるマリーダであった。


 だが二人とも非常に険しい表情をしており、

 ナッシュ王子は部屋の中を熊のようにぐるぐると回っていた。

 それに対して青いドレス姿のマリーダがきつい口調で問い詰める。


「それでナッシュ様、軍や貴族への根回しは上手くいってるのですか?

 もう少しすればラミネス王太子が率いる王国軍がこの王都に戻って来ますわよ。

 そうなれば王太子殿下が次の国王になるのは明白。 

 ですから何としてもそれを食い止めてる必要がありますわよ!」


「無論、そんな事は百も承知だ。

 だが思いの他、私に協力してくれる将軍や貴族が居ないのだ。

 まあカストロ将軍とバルマン将軍は私に味方してくれるようだ。

 私の私兵と彼等の兵を合わせれば、7000人くらいの兵力を用意する事が可能だ」


「……7000人? 少々少なくありませんか?」


「むう、これでも苦労して集めたんだぞ?

 後継者争いとなると、むやみに冒険者や傭兵を使う訳にもいかんからな。

 ……マリーダ、そういう君はどれくらい貴族や貴婦人方きふじんがたを口説いたんだ?」


 ナッシュがそう問うと、マリーダはややばつの悪い表情を浮かべた。

 そして視線をやや下に向けて、言い訳を並べ立てる。


「……お母様と協力して、周囲の貴婦人方を口説きましたが、

 彼女等は基本的に王位継承争いに関しては静観する、といったスタンスですわ。

 恐らく勝った方につくという腹づもりでしょうね」


 なんだ、この女。

 俺に散々偉そうに意見しておきながら、

 自分はまるで成果をあげてないじゃないか。


 よくそれで第二王子である俺に意見を出来るな。

 この女、俺の事を舐めているのか?

 ナッシュは内心でそう思いながら、怒りを募らせた。

 するとナッシュは円卓の上にあった赤葡萄酒の入った酒瓶を手に取り、ぐびぐびっとラッパ飲みする。


「まあっ……お下品ですわよっ!!」


「う、五月蠅いっ!!」


 酒瓶片手に円卓を叩くナッシュ。

 するとマリーダは柳眉を逆立てて、剣呑な声で反論する。


「私に当たらないでくれます?」


「……五月蠅い、俺ばかり責めるな。

 君も……お前もろくに成果を出してないじゃないか!?」


「まあお前だなんて……そういう風に言われるのは心外ですわ」


「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅いっ!!

 大体、俺をそそのかしたのは、お前……君じゃないか?

 俺は別に王位など欲しくもないんだよ。

 その日、その日で楽しく暮らせれば満足なんだ。

 王位などあの兄貴にくれてやればいいのさ。

 そうすればあの男も俺を殺しまではせんだろう」


「……ナッシュ様、見損ないましたわよ。

 仮にも王位継承候補が云う台詞じゃありませんわよ」


「やかましいっ! そんなに不満なら婚約を解消してやろうか?

 お前のようなヒステリーな女はこちらから願い下げだぁっ!」


「こ、婚約解消……?」


 予想外の言葉に表情を青ざめるマリーダ。

 するとナッシュはニヤリと笑い、二の句を継いだ。


「お前のような女、俺の後ろ盾がなければ何も出来まい。

 だが兄上と共に居るあの女……お前の義姉のリーファは、

 お前の事を絶対に許さないだろうな。

 兄上ならお前を生け贄スケープゴートにして、

 あの女のご機嫌を取る、くらいな事はやりそうだ」


「な、な、なっ……」


 ナッシュ自身は深い意味で言った言葉ではないが、

 後ろめたさのあるマリーダはその言葉をまんまと真に受けた。

 マリーダは両手で頬を押さえながら、身体を震わせた。

 その反応を見て愉悦の表情を浮かべるナッシュ。


「そうだな、争いなんて馬鹿らしいな。

 兄上が帰国したら、俺も素直に頭を下げて王位を譲るか。

 そうすれば全てが丸く収まる、くっ、くっ、くっ……」


「い、いけませんわ、ナッシュ様!!」


「ふん、今更俺に媚びを売っても遅いぞ?」


「あの御方は……王太子殿下はナッシュ様をお許しにならないでしょう!」


「ふん、根拠のない妄言を……」


「根拠はあります!」


「……どんな根拠だ?」


 ナッシュの問いにしばし考え込むマリーダ。

 この受け答えを間違えたら、

 自分は恐らくこの男に完全に捨てられる。

 そうなれば自分はあの女に復讐される可能性が高い。


 それは何としても避けたい状況だ。

 だからマリーダは全神経を集中させて、一世一代の大勝負に出た。


「正直に申しますわ、私と母上はナッシュ様のシンパを増やす為に

 ありとあらゆる茶会や夜会に顔を出しましたが、

 貴族の殿方や貴婦人方だけでなく、国内外の王族、貴族。

 そして軍人の多くの者がラミネス王太子殿下を支持しております」


「……まあそうだろうな。

 兄上は抜け目のない男だからな。

 その辺の根回しは何年も前からしているという噂だ」


「今回の帝国の戦いでも王太子殿下は全軍の総司令官を務めております。

 そして忌々しい事ですが、あの女……義姉リーファも

 戦場で数々の戦果を上げており、今ではあの怪物ナバール率いる

 帝国軍を相手に互角以上の戦いをしているらしいですわ」


「ふん、そんな事は俺の耳にも入っている」


「そして私は王太子殿下と親しい貴族や貴婦人方の説得を試みましたが、

 ことごとく失敗しましたわ、そして彼等はこう言いましたわ。

 『王太子殿下は前々からナッシュ王子の事を憎んでいる。

 王位継承争いが起きたら、王太子殿下は真っ先にナッシュ王子を

 暗殺、あるいは謀殺するであろう』と」


「……何が言いたいのだ?」


 少し表情を曇らせるナッシュ。

 するとマリーダは次から次へと言葉を並び立てる。


「要するにこの国王陛下の危篤状態に生じて、

 王太子殿下はこれを機にナッシュ様、そして私も害するつもりでしょう」


「……だが俺の場合は早い段階で服従の意思を見せたら、

 大丈夫であろう、仮にも俺は兄上の実弟だぞ?」


「甘いですわっ!!」


 マリーダは真剣な表情で叫んだ。

 その鬼気迫る表情にナッシュも思わず固唾を呑んだ。

 この好機を逃すまいと、マリーダは必死で喋り続ける。


「三男のホーフル様と長女エリザベス様はまだ幼年。

 ですがナッシュ様は成人された有力な王位継承者候補。

 王太子殿下からすれば、真っ先に排除したいライバル。

 故にここで何もせず、王太子殿下が王位に就けば、

 恐らく五年……いやすぐにでもナッシュ様は謀殺されるでしょう」


「ぬっ……」


 言葉を詰まらせるナッシュ。

 あの兄貴ならやりかねない。

 あの男はそういう人間だ。

 ナッシュはそう思いながら、額に冷や汗を浮かべる。


「こうなれば戦うしかありませんわ。

 ナッシュ様、至急兵をお集めください。

 こういう時はお金や地位で兵をお募りください」


「……俺には戦うしか道がないのか?」


「ええ、そうしないと私達は破滅ですわ」


「……分かった、俺も覚悟を決めよう。

 これから早急に兵を募ろう。

 そしてマリーダ、君は母上と協力して

 国内の貴族、貴婦人、将軍を私達の仲間になるように

 口説いてくれ、そうしないと君と母上も破滅だぞ!」


「……分かってますわ、全力で口説き落としてみせますわ」


「……ああ、頼んだぞ」


 ナッシュにしても、マリーダにしても

 基本的には自己保身の為に動こうとしていた。

 だが互いに利害が共通したので、

 なし崩し的に再び協力体制を取る事になった。


「マリーダ」


「はい」


「こうなれば俺と君は一蓮托生の身だ。

 互いに協力して、あの男とあの女を倒そうではないか」


「ええ、わかってますわ」


「うむ、ならば私は早速動く事にする」


「はい、私もそうさせて頂きますわ」


 こうして再び手を握り合う両者。

 だが内心では良からぬ事を企んでいた。


(……最悪の場合は亡命も考えておくか。

 とはいえ犬猫共の国に亡命する気にはなれぬ。

 となればエルフ族のエストラーダ王国……)


(あるいは一大決心してガースノイド帝国へ

 亡命するという手もあるな。

 帝国からすれば第二王子の俺を受け入れるメリットは、

 大きい。 だがこれは最終手段だ)


(あの女――リーファにはこの女の首を差し出せば、

 少しは溜飲も下がるであろう。

 そういう意味じゃこの女にはまだ利用価値があるな)


 内心でそう思うナッシュ。

 一報のマリーダは――


(これで何とかこの男を王位継承争いに引きずり込む事が出来たわ。

 でもあの王太子相手にこの男が勝てるとは思えない)


(ならば最悪亡命も覚悟しておく必要があるわね。

 とはいえ獣人の国なんかは行きたくもないわ。

 となるとエストラーダ王国、あるいは神聖サーラ帝国。

 ペリゾンテ王国が候補に上がるけど……)


(出来ればこのアスカンテレスを離れたくないわね。

 くっ、これも全てはあの女のせいよっ!!

 あの女は何処までも私の人生の邪魔をする!)


(もしこの戦いで私が勝てば、

 必ず私の手であの女を処刑してみせるわ!

 その為なら私はどんな手でも使うわ!)


(……私は、私はこんな所で終わりたくない!)


 と、似たような考えに浸っていた。

 しかし所々で穴がある浅はかな画策であったが、

 基本的に苦労知らずで育った二人は、

 物事を自分の都合の良いように考える癖が染みついていた。


 だが結果的にそれが二人の破滅に繋がるのであったが、

 当人達だけは至って真面目で、自己保身と幼稚な欲望の為に

 このアスカンテレス王国を舞台にして、

 王位継承争いという名の不毛な戦いを引き起こそうとしていた。

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